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医者嫌いもほどほどに

一昨日、関西から疲労困憊で帰ってきた私を待ち受けていたのは、
「痛くて腕が上がらない」
と腕を招き猫のように構えたまま、訴える夫であった。
何事にも大げさすぎるきらいのある人なので、今回もそうなのかと思い、ああそう、そりゃ大変ねえ、と適当にあしらっていたのだが、翌朝になって脂汗を浮かべて苦しむ夫を見てちょっと普通じゃないな、と感じた。
「救急車呼んだげようか?」
と聞くと要らないというのだが、かなり苦しそうである。私は出勤日になっていたので、保険証と鎮痛剤をテーブルに置いて出かけた。子供ではないから自分で何とかするだろうと思っていた。

夫は大の医者嫌いである。絶対に医者にかかろうとしない。この世の全ての医者は、金儲けのために患者を食い物にしていると、本気で考えている。被害者意識もここまで行くと上等だと思うくらいである。
同様に、薬も大嫌い。鎮痛剤など、絶対に飲まない。これまた、世の中の製薬会社は病人を食い物にしている、と固く信じている。飲まなくても勝手だが、痛い辛い思いをしてまでその考えを貫きたいというのはなんなのか、理解しかねる。

帰宅すると、鎮痛剤を飲んだ形跡があった。しかし、それでも痛みは治まらないらしい。ずっと痛いと言い続けている。前の晩は痛くて一睡もできなかったらしい。
症状から調べると、腱断裂という言葉が出てきて心配になる。場合によっては手術もありうると書いてある。大丈夫だろうか。

「医者に行ってくる」
夫が自分からこのようなことを言うのは、勿論結婚以来時初めてのことである。聞くところによると、一番最近医者に行ったのは中学生の時らしい。約半世紀ぶりの受診ということになる。日本の健康保険制度に最も貢献している種類の人間だろう。
その夫がいうのだ。よほど痛みに耐えかねたのだと思う。

診断は肩関節石灰沈着症。肩関節に石灰がたまって、痛みを引き起こすらしい。肩に太い注射をして中の液を抜き取り、症状の改善を待つそうだ。
帰ってきてしばらくは痛いと言ってのたうち回っていたが、時間が経つにつれ元気になってきた。お箸が持てない、と言って食事もまともにとっていなかったが、痛みが治まってくると食欲が戻ってきたようで、よく食べるようになった。少し安心する。

いつも健康で、元気で、病気知らずの夫だが、今回ばかりはそうはいかなかったようだ。
「年齢相応に、気を付けた方がいいんとちゃうの?」
というと、いつもならけちょんけちょんに私を言い負かそうとするのだが、
「おう、そうやな」
と素直に返事したので、余程辛かったのだと思った。

なんでもかんでもすぐに大騒ぎして医者に行くのもどうかと思うが、夫のように普段健康に気を付けていないにもかかわらず、医者にかかろうとしない人間はもっと厄介である。
いい加減、年齢を自覚してほしいと思った出来事であったが、痛みが少し消えると、
「来週にはバイク乗れるかな」
とアホな妄想に心を遊ばせている夫に、もっと厳しめのお灸をすえても良かったんじゃあないか、と思っている。