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ある授業の思い出

私は昔から食い意地の張った人間である。こんなこと胸を張って言うことではないけれど、食べる事への執着は人一倍ある気がする。
子供の頃からそのせいで、恥ずかしい思いをしたことも随分ある。

一番忘れられないのは小学校六年生の時の出来事である。
家庭科の授業で、テーブルマナーを学ぶ機会があった。塗りの菓子皿に乗せた菓子をお客様に供する時のマナーと、供された客として食べる時のフォークと皿の扱い方などについて、実践しながら学ぶというものだった。
男女同数ずついくつかの班に分かれ、めいめいの前に皿が置かれた。先生が一切れずつ、美味しそうなカステラを置いていってくれた。
給食の時間以外に、しかも授業中にお菓子を堂々と食べられるなんてとても嬉しくて、みんな笑顔でガヤガヤしていた。
普段は他のお菓子に比べれば地味な、たいして魅力もないカステラが、塗りの菓子皿に乗ると別の食べ物みたいに美味しそうに見えた。

男女でペアになり、お互いに供したり供されたり、をやることになった。
私の相手はU君だった。
私はこの子が苦手だった。ヤンチャでちょっと喧嘩っ早い、勉強よりも運動の出来る子で、ドッジボールの時は先頭に立って敵にボールを当てまくるタイプの子だった。逃げて逃げて隅っこに最後まで残る私を楽しそうに追い詰める彼はとても憎々しい、嫌な存在だった。
普段もちょっとしたことでからかったり、こちらの言動に上げ足を取ってみたり、とても煩わしかった。なのに彼と私は小学校の六年間、たった一人、ずっと同じクラスだった。

「はよ食いたいなあ」
授業中、U君はずっとそればかり言って、カステラをマジマジと眺めたり、隣の席の友達とふざけたりして、時々先生に注意されていた。
このバカめ。うるさいなあ。私はそんな風に思いながら、なんでよりによってこの子とペアになってしまったのか、とちょっとうんざりしていた。
でも、目の前には美味しそうなカステラがある。そのおかげで私の気持ちは幾分か和らいでいた。
U君は相変わらずつまらないちょっかいをかけてきたが、私はガン無視してすましていた。

「では全員でいただきます!」
授業が少し早めに終わり、先生の合図で唱和してからフォークを手に取った。
やっと食べられる。甘いものの好きな私はとてもワクワクした。
「食べる時もさっきやったマナー、忘れないようにやって下さいね」
先生はそう言いながら、各テーブルを回っていく。
私は目の前でゲラゲラと笑ったりふざけたりしながら食べているU君に冷たい一瞥をくれた後、静かにカステラを堪能していた。
授業中に食べるお菓子は格別だった。
私は綺麗に平らげた。

この『綺麗に』が問題だった。
綺麗に食べるのは良いことだ。だがこの時、私はやり過ぎてしまったのである。
カステラの裏の薄紙をフォークで丁寧にこそげて、ついていたカステラの甘い部分を食べ、皿に残っている小さなクズもフォークで寄せ集めて一つ残らず回収して、口に運んだ。
お陰で、私の皿は舐めたように綺麗になってしまっていた。
家では普通にこういう食べ方をしていたから、ついついやってしまったのである。

「うわ、コイツ、食い意地めっちゃ張っとーる!女の癖に!」
U君が私の皿を指差して大きな声で騒いだので、みんながどれどれと見に集まってきた。
「綺麗に食べるのは良いことやん」
と私を擁護?してくれる女子もいたが、男子は
「うわ、すげえ。犬の食ったあとみたい」
「紙の裏まで剥しとるぞ。オレ、あれって食わん」
「オレもオレも。普通やらんよなあ」
と笑いながら、興奮気味に空になった私の皿を見ている。
先生はニヤニヤしながら私を見て、
「綺麗に食べるのは良いことですよ。でもお客さんで行った時は、紙の裏は剥さないようにね」
と朗らかに言った。
『穴があったら入りたい』とはこのことだ。恥ずかしいったらなかった。

今は開き直っているから、私は食い意地の張った人間だ、と誰にでも平気で言える。
だけど未だにカステラの紙を剥す時、あの時の恥ずかしかった思い出が私の脳裏によみがえる。
U君はどうしているだろう。会うことがあったらニヤッと笑って、
「私、相変わらず食い意地張ってんで」
とでも言ってやろうか。