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お子様アラカルト

世間が夏休みに入ったことは、そんな年齢の子供のいない私でもわかる。ご来店される子供さんが、午前中から増えるからだ。
私の居るレジにも色んなお子さんがやってくる。
大抵は、お母さんのお買い物につきあうのにうんざりした表情をしている。食品フロアなら自分の気に入ったお菓子の一つも買ってもらえるかも知れないのに、靴や帽子では望むべくもない。子供用の商品が置いてあれば、幾分気も紛れるだろうが、生憎子供用品はフロアが違う。
入って遊べそうな更衣室もない。ただただ暇な彼らは、見ていて本当に退屈そうで、「お疲れ様」と言いたくなってしまう。

帽子や日傘の売り場だから、顔映りを見る為にあちこちに沢山の姿見が置いてある。これは下にコロがついており、一応移動させることが出来る。
大人一人が全身を映せる大きさだから、縦長で結構な重さがある。普段はレイアウト変更の時に移動させるくらいで、定位置にある。
このあちこちにある鏡が、退屈なお子様の格好の遊び道具になる。
コロの部分には鏡を支える為、短い脚がついている。大人は無理だが、小さい子ならここに乗れる。難しいと思われることをなし得た時、子供は本当に嬉しそうな、「してやったり」という表情をするものだが、ここに乗った時のお子様は皆そういう顔をする。鏡を両手でしっかり握り、えいっと脚に両足を乗せると嬉しそうにニヤッとする。
兄弟がいると、これを動かそうと試みる。バランスが悪く大変危険なので、「危ないよ」とお声がけすることになる。
なるべく優しく言うようにしているのだが、店員が我が子に近寄るのを見つけたお母さんに速攻で怒られることが殆どだ。すごすごと降りて行く姿を「ごめんね、退屈やんな」と思いつつ見送る。

靴の売り場には試着の為に沢山の椅子がある。色んな形のものをご用意しているが、中に四角いソファのようなタイプのものがある。古いが座り心地は良く、座面が低いのでご高齢のお客様が好んでご使用になる。
このソファの一つがレジの正面にある。お母さんがお会計をしている間、ここに大の字で寝転ぶ子供はとても多い。小さなソファに寝転がっても足が地面につかないくらいの子供の、「退屈でやってられへんわ」といった憤懣やるかたない様子はとても面白い。ついクスリと笑うと、お母さんは私の視線の先を見やって、
「こら!そこみんなが座るとこなんだよ!寝ないの!」
と注意するが、聞こえないふりをして知らん顔で寝そべっている子は多い。お母さんがお会計するちょっとの間くらい、良いやんか。そんな声が聞こえてきそうだ。お母さんは
「スミマセン」
と私に謝るとレシートをお財布や鞄に大急ぎで突っ込み、
「さ、行くよ!」
と子供を立ち上がらせる。夏休みはおちおち買い物もしていられないよねえ。そんな時期もあったなあ、と懐かしくなる。
寝ていたお子さんは大抵ぴょんと立ち上がると、私を見てニヤッとして手を振って駆け出していく。見られていたのをわかっているようだ。
お疲れ、お待ちどうさま、お母さん夏は長いですが頑張って、と心の中でエールを送りながら、笑顔でお見送りする。

私の居るレジのレジ台はかなりの高さがある。小さいお子さんだと見上げるようになってしまうのだが、ここになんとしても飛びつこう、とするお子さんも多い。
お会計の邪魔になってしまうので、お母さんに一喝されてしょんぼりと諦める子が多いのだが、粘る子もたまにいる。
先日やってきた女の子は、お母さんに何度注意されても、どけられても、諦めない。遠くの売り場からお母さんが子供さんを怒鳴りまくっている声が聞こえていたので、ああこの子だったのかと思った。おかっぱの髪がサラサラで、大きな目が悪戯っぽい。私と目が合うとニヤニヤした。私もニヤニヤし返す。
お母さんは財布を出すのに手間取っている。
「何歳?」
私が姿勢を下げて視線を外さずに訊くと、女の子はニヤニヤしたまま指を五本出した。
「ウソォ。あなたそんなお姉さんと違うでしょう?」
私が笑って小さく言うと、その子はまたニヤッとして親指を引っ込めて見せた。
「四歳?いや、それも違うなあ」
女の子はまたニヤニヤしながら人差し指を折り、精一杯背伸びして私の方に突き出した。
「そうよな、三歳くらいよなあ」
彼女はニヤッと笑って頷いた。
「これ、お仕事の邪魔しないの!」
またお母さんに叱られて、彼女はやっとレジを離れ、他のお子さんがするのと同じようにソファに寝転がって足をブラブラさせた。
「さ、行くよ!」
お母さんに促されて元気よく飛び起きると、彼女はお母さんと手を繋いで歩きかけ、振り返って私を見て笑ってバイバイ、と手を振った。
温かい気持ちで手を振り返す。
関東にきてもう二度目の夏がやってきたんだなあ、と思う。