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溶ける笑顔

私の父は厳しい人である。でも温かいところもあるし、実は底抜けにお人好しで優しく、涙もろいところもある。でもそれを表に出すのは物凄く苦手な人である。要するにシャイ、ということだ。


子供時代の私は、父のそういう不器用な優しさを具体的に指摘することは出来なくとも、なんとなく肌で感じてはいた。そしてなんとか世間の人にもわかるくらい、父が表面にその本来の優しさを表してくれないものか、と切実に願っていた。
しかし、『家長たるもの、婦女子にベタベタと甘い顔を見せるものではない』という、なんの根拠もない、戦争前の世間の考え方の残滓のような信条を持っていた父は、滅多に、いや一度も、と言って良いほど私達娘に柔らかい表情を見せてくれたことはなかった。

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