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おめでたくない

クラリネットは木管楽器である。しかし『木で出来ている』事を目で見てはっきりわかる管楽器は、実はそんなに多くない。
ピッコロ、ファゴット、オーボエ、クラリネットくらいしか私には思いつかない。

では木で出来ていないフルートやサックスは、何故木管楽器というのか。これは『木管楽器』の定義による。
木で出来ていると言う事ではなくて、『楽器本体の長さが決まっていて、音孔を塞いだり開けたりすることによって音階を奏でる』のが木管楽器なのである。理由は知らないがそう習った?と記憶している。

木は水分を吸うと膨らみ、乾燥すると縮む。これを繰り返すと割れる。クラリネットも例外ではない。
一部メーカーにはプラスチック製を生産している所もあるにはある。だが正直言うと、プラスチック製の物は『楽器』とは呼べないと思う。楽器の組み立て方が覚束ないくらいの初心者の練習用か、甲子園など炎天下での演奏には最強であるが、『良い音を出そう』という目的で使用するのは、個人的にはお勧め出来ない。
近年は陶製のものもあり、こちらは良い音がする。勿論それなりのお値段である。こちらも木製のような割れはないと聞いている。

私のクラリネットには薄くではあるが、一箇所『割れ』がある。
『割れ』にも色々あり、致命的にピシッと割れているものもあるが、あんまりお目にかかることはない。特殊な加工が必要な為、修理が高く付くらしい。
私のは近寄ってよく見ないとわからない程度のものである。が割れは割れで、見つけた時は随分落ち込んだものだった。
大事な愛車に小さな傷を見つけたらショックだろう。似た感じだとご想像頂ければ幸いである。

最初に見つけたのは私ではなくK先生である。
よく見ないとわからないレベルの割れを、先生は一目で見つけてしまった。そしてボソッと、
「こういう時『おめでとう』って言いますよね」
と仰った。
「先生、それって嫌味ですよね?」
上目遣いで恨めしそうに言う私に先生は真顔で、
「ホントですよ?知りませんか?」
と言った。
食わせ者なので先生の仰る事は眉唾な事が多いのだが、こればかりはちゃんと理由があった。

先生が仰るには、割れる楽器は木の密度が高く、いい響きのする物が多いのだという。どんな響きのする楽器か、見た目ではわからないし、せいぜい持ってみてずっしり重い(=木の密度が高い証拠)物が良いと思うくらいだが、割れでそれがわかるなんて不思議な感じがする。

茶碗と違って、楽器は割れてもちゃんと修繕すれば普通に使える。私の楽器も腕利きのリペアマンのおかげで綺麗に修理されており、定期的にチェックもしてもらっているので、使用するのにはなんの支障もない。
割れを見つけた時はとてもショックだったが、手入れはきちんとしていたし、外など過酷な状況で使用する事はしていなかったから、もしかしたら良い物?なのかも知れない。

それでも割れを見つけた時はいい気はしない。
そんな時に言われる『おめでとう』は、聞きようによっては非常に酷い言葉だ。が裏側に、わかっている者だけの『あなたは良い楽器を持っているんだね』という称賛と慰めの心が見て取れる。

と言ってもなかなか馴染めないし、自分が積極的に使うかと言ったら否だけど、知っている者だけに通じるちょっと難しい励まし?の言葉である。
割れないに越した事はない。でも大袈裟に落ち込むなかれ。物事は良い事と悪い事の両面を持っている、という事であると思っている。