ささやかで切実な願い
私達夫婦は現在、貸家一戸建に住んでいる。
一戸建にこだわったのは夫である。今まではアパートかマンション住まいだったのだが、生活音やゴミのあれこれは住人同士、お互いとても気を遣う。
それでも私達は幸い、ずっと良いご近所さんに恵まれてきた為、トラブルは経験した事がない。が、夫は同僚から転居を余儀なくされた話まで聞いていたので、そんな面倒臭い事は避けたいから今回は戸建にしよう、と力説し、珍しく自らすすんで今の物件を見つけてきてくれた。
古いが広いし、静かだし、ここで良かったね、といつも話している。
が、この貸家、一つ難点がある。
隣にほぼ壁をくっつけるようにしてアパートが建っている。大家さんはウチと同じ方だそうだ。それは良い。
この大家さん、このアパートと我が家である戸建の底地を分筆していない。つまり、一筆の土地に貸アパートと貸戸建が建っている。私は大家さんが分筆登記の費用をケチったに違いない、と踏んでいる。
別にエエやん、と言われるかも知れないが、良くない。アパートと戸建の番地が全く同じだからだ。ご丁寧な事に、建物の名前まで同じである。
初めてその事を知ったのは、水道局からの電話だった。開栓は前の住所地に居る間に予め申し込んでおいたのだが、「作業に来たが家がわからない」と言われて、頭に?が浮かんだ。
「番地に家がないという事ですか?」
「いえ、2つ建物がありまして…どちらでしょうか?」
と言う先方の返事に驚いたが、取り敢えず戸建である事を伝えて無事開栓してもらった。
次は郵便局である。
転送届を出しておいたのだが、
「あのー、何号室でしょうか?部屋番号の記載がないんですが…」
と言う電話がかかってきて、またややこしい事を説明する羽目になった。なんせ土地勘が全くないし、私は建物を見たこともないので、家がどういう状態で建っているか、近隣の様子まではわからなかったからである。
こちらも丁寧に説明し納得して頂いたが、随分時間がかかった。
気の毒なのは宅配便の配達員である。
どうも配達員の方々は迅速に配達する為、『この番地は〇〇さん宅』と記憶に刷り込んでおくようで、ウチの貸家はしばらく、皆さん前の居住者の記憶が刷り込まれているようだった。
なので、この番地で新しい名前の届け先があれば、当然アパートの方だと思う。きっと私だってそう思う。
で、電話がかかってくる事になる。
「あのー〇〇運輸なんですけど、在間さんのお宅探してるんですが、何号室ですかねえ?伝票に書いてなくて」
カーテンを開けると、携帯片手に汗だくで台車を押しているお兄さんが見えて、
「今出ます!」
と返事して慌てて玄関を出て、お兄さんを呼ぶと言う事が何度もあった。
一度など、荷物が『該当住所なし』となって戻ってしまった事もあった。
この時は荷物が2回に分けて来ることになっていた。発送連絡は来た。しかし2回目の荷物が着いたのに1回目の荷物が着かず、配達員さんに確認してもらって事態が判明した。
いつも丁寧に明るく応対してくれるヤ○ト運輸のお兄さんが、遅い時間まで残って調べて下さったようで、後でお詫びの電話をくれた。かえって申し訳なかった。
「『このお宅は在間さん』って配達員全員にしっかり言い聞かせて、今後このような事がないようにさせて頂きます」
いやいや、こんなややこしいの、誰でも間違いますって。
その後再送手続きをして、荷物は無事にやってきた。
最近やっと皆さん慣れてきて下さったようで、こんなハプニングはなくなった。
次に引っ越す時は番地に気をつけよう、と今から決めている。
大家さんがいつか、分筆登記してくれますように。