見出し画像

違和感に蓋をしない

先日最寄り駅の近くの交番を通りかかったら、私の居住している区が市内でオレオレ詐欺の被害のワースト2である、と書いた紙が貼ってあった。若い世代が多いように思っていたのだが、高齢の方も結構いらっしゃるんだなあ、と意外な気がした。

オレオレ詐欺と言えば、こんな話を聞いた。真偽のほどは定かではないし、どこでいつ聞いたのかも覚えていない。
ある日、一人の高齢女性宅にこんな電話がかかってきた。
「お母さん、俺会社の金使いこんじゃって、今すぐ返さないと会社に訴えられて警察に捕まっちゃうんだ。今すぐお金返しさえすれば、上司が何もなかったことにしてやる、って言ってくれてるから、300万貸してほしい。用意して待ってて。上司が取りに行くから」
典型的な手口である。ではこのお母さんはどう言ったか。
「あんたねえ!お金返しさえすれば何もなかったことにって、虫の良いこと言ってるんじゃないよ!会社のお金を使いこむのは業務上横領って言って、犯罪だよ!悪いことをすれば警察に捕まるのは当たり前じゃないか!第一、迷惑をかけた上司にお金を取りに行かせるって、失礼にもほどがあるよ!お母さんはね、あんたをそんな風に育てたなんて、情けないよ!今からあんたの会社に行ってあんたと一緒に上司にお詫びして、それから一緒に警察に自首するんだよ。ついて行ってあげるから!いいね!」
出来すぎた話のような気もするが、なんとも痛快で笑ってしまう。本当なら、電話口の犯人は慌てたことだろう。

なぜこの話が痛快だと感じるのか。
勿論悪者の詐欺犯がやり込められるから、ではあるが、お母さんの言葉に人として当たり前の倫理観があり、それを迷うことなく貫いているから、だと思う。悪いことをした息子を隠匿することに、このお母さんは人として、強烈な「違和感」を抱いているのだ。
我が子が警察に捕まる。会社を首になる。名前が世間に知れて、社会的制裁を受ける。一番辛いのは本人だろうが、親も辛いに決まっている。親族にだって顔向けが出来ない。近所にも後ろ指をさされる。
それでも「人としての道」を外れてしまった息子にしっかり寄り添い、一緒に謝ってやり直すために支えてやろう、という親としての深い愛情と覚悟を感じる話である。

子供が中学生の時、学校帰りに友人二人と自転車でふざけていて、うっかり学校近くの家の樋を割ってしまったことがあった。二人のお母さんとはいつも仲良くさせてもらっていたので、私はすぐさま二人に連絡し、対応を相談した。
X君のお母さんはこう言った。
「あそこ、ずっと不在でしょう?あれくらい、放っておいても大丈夫やって」
一方、Z君のお母さんはこう言った。
「すぐにお詫びに行こう。ずっと不在やけど、きっとご近所が連絡先とか知ってるはずや。子供たち連れて、今から聞きに行こう」
二人の反応が真逆で、私は考え込んでしまった。どっちも子供の良い友人で、お母さんも気持ちの良い方達である。
樋の破損はX君のお母さんが言うように、確かに大したレベルではなかった。が、壊したことには間違いない。でも全然知らない地区で、持ち主はどんな人か見当もつかない。X君のお母さんの腰が引けたのもわかる気はした。
破損の程度も考え、一瞬迷ったが子供に後ろ暗いことはやっぱりしたくない、という思いが勝った。他人に迷惑をかけたら、謝るのが筋というものだろう。Z君のお母さんと二人でX君のお母さんを説得し、ご近所に粗品を持って行って連絡先を聞き出し、当該住宅の持ち主に親と子供が揃って先ず電話で謝罪を入れた。随分遠いところにお住まいだったので、修理が済んでから連絡を再度入れ、一緒に見て頂いた。「これくらい黙っておいてもわからんのに、綺麗にしてくれてありがとう」と言われた。
修理は私の住んでいたマンションの管理会社がリフォームも請け負っていて、相談すると即座に対応してくれた。修理代は「こども保険」で降りた。
万事上手くいって、スッキリした。

あの時、Z君のお母さんの言う通りにして本当に良かったと思っている。
よく見ないとわからない、僅かな破損である。正直言うと、私もX君のお母さんの考えもありかな、とちょっと思った。
でも、もし知らんふりしていたら、きっと子供達と私達親の心には
「あの時、壊したままにした」
という棘がずっと刺さったままだったと思う。

親が子供の上司にお金を渡して我が子の横領を見逃してもらおうと思うのも、ある種の愛の形である。我が子が辛い目に会うのを喜ぶ親はいない。詐欺犯はその親心につけ込む、憎むべき存在だ。許されるものではない。
だが、もしZ君のお母さんがこんな電話を受けたら、きっとこの高齢女性と同じように「息子」役の犯人を窘めるに違いない。それもまた、子供への深い愛情である。
どっちが正しい愛情、とかは言えないと思う。他人のことなら言えても、いざ我が子のことになると、どうだろうか。私がそういう電話を受けたら、どうするだろう。想像も付かない。

が、詐欺に引っかからない為にも色んな意味で、自分の心の中に生じた小さな「人としての違和感」に蓋をしないようにしたいとは思っている。
Z君のお母さんを見習いたい。