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覚えられない

私は車種を覚えられない。苦手というレベルを超えている。全く無理、である。
『トヨタ マーチ』とか『日産 パッソ』とか言われても違和感を感じない。そもそも今それらが生産されているかも知らない。年式なんて未知の世界の話である。
時折、ひき逃げなどの目撃情報で
『現場から走り去った車両は何色の△△(車種)だったということで、捜査員が行方を追っています』
などとニュースで言うことがあるが、そういうのを聞く度に『この目撃者はなんて車に詳しいのだろう』と感心し、『私だったらきっと犯人を取り逃がしてしまうかも知れない』とちょっと焦ってしまう。

車種とメーカー名は車の後ろに回って、車体に書いてあるのを読まないと分からない。国産車だけでなく、外車もである。
メーカー名で確実に分かるのはベンツ、ボルボ、くらい。コルベットすら分からなかった話も、つい最近書いたばかりである。
この無知のせいで、『穴があったら入りたい』思いをしたことは数えきれない。

いつだったか、レッスンの時にクラリネットのK先生からカッコイイ、真っ赤な愛車の写真を見せられ、
「先生、素敵な車ですね!どこの車ですか?」
と尋ねたら、
「ウチの嫁はんといい勝負の、車知らない人ですねえ。アルファ・ロメオですよ。このマーク見たら分かるでしょう?女の人って分からない人多いのかな」
と呆れつつおおいに笑われ、恥ずかしい思いをしたこともあった。

若い時勤めていた職場では、店長用の黒塗りの車が一台店に常備されており、専属の運転手さんがいて、毎日ピカピカに磨いていた。
勿論私は車種を知らなかった。関心すらなかった。
ある時、渉外活動から帰ったら、ガレージで運転手さんが丁度いつものようにお手入れをしていたので、
「お疲れ様です。これってなんていう車ですか?」
と訊いたら、運転手さんは困ったようにへへへと笑って、
「ルーチェや」
と短く言った。
「へええ。どこのメーカーですか?」
と更に要らぬことを訊くと、
「あんたな。いくら関心※のうても(『なくても』の関西弁)なあ、自分の銀行がメインバンクの自動車メーカーくらい、覚えとかんかい。マツダや、マツダ。これは今はもう生産終了したやつやけど、マツダの高級車なんやぞ。ホンマに、どもならんなあ。しっかり覚えときやあ」
と大笑いされてしまった。
そうか、メインバンクをつとめる会社の車を使う(多分リースだけど)ものなんだな、とこの時初めて知った。
それくらい、わかっていても良さそうなものだ。今思えば無知にも程がある。

友人と待ち合わせをする時にも困ったりする。
楽団の練習終わりに、
「ミツルさん、帰る方向同じだから乗せてあげるよ!」
と言われて喜んだのも束の間、
「下の駐車場で待ってて。私の車、○○色の△△で、ナンバーは××だからね」
と言われて困る羽目になる。私の場合、車種を車の正面から判別出来ないので、色とナンバーのみで探すことになってしまうからだ。
「ゴメン、私車種全くわからへんねん」
と恐る恐る告白すると、
「ええっ!じゃあ無理だねえ。じゃいいよ、今ここで待ってて。一緒に駐車場に行こう」
と驚かれてしまう。
申し訳ないが、自分で探すと確実に駐車場内で迷子になり、かえって友人に迷惑をかけてしまうのが分かっているので、すごすごと尻尾を巻いて友人の後に続くことになる。
我ながらちょっと情けない。

夫は私とは正反対で、実は車オタクでもある。学生時代はレンタカー屋でバイトもしていたし、未だに自分で車検も行ってしまう人だ。だから車には滅茶苦茶詳しい。
積んでいるエンジンの違いなどについて熱く語ってくれることもあるが、私にはさっぱりチンプンカンプンである。未知の領域を超えている。
初めの頃は
「お前、車種くらい覚えろよ~」
と呆れていたが、最近は私が曖昧な記憶を辿って
「ん~、多分○○っていうヤツやったと思う」
と目にした車の記憶を話しても、慎重に特徴を私から聞き出し、
「あ、××とちゃうか」
と、見ていた私より正確に車種を言い当てて、一人納得しているようになった。

誰でも関心のないことは覚えようと思わない。
私は車について、まったく関心がない。だからこうなったのだ、と自分で納得している。
でももし、ひき逃げの現場に遭遇したらどうしよう。目も悪いし、車種が判別できずに犯人を取り逃がすのではないかしらん。
自分の車についての無知で私が恐れているのは、現在のところこの点についてのみである。