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峠の釜めし狂詩曲

わが勤め先のスーパーの駅弁フェアで、一番人気の商品と言えば「峠の釜めし」である。
この弁当を求めて、開店前から沢山の人が長蛇の列を作る。
「荻野屋」という群馬県の会社が作っているらしく、横川駅?の駅弁だったようだ。その後廃線になっても弁当だけは、ドライブインなどで販売されている?ようである。
幼いころに父が買って帰ってきてくれた記憶が微かにあるが、そんなに美味しくて死にそうに思った記憶はない。永らく容器が家にあったのを覚えているくらいである。

この釜めし、当日10時~11時頃にしか来ない為、早くから並んでも到着するまでずっと立ったまま待っていなければならない。がお客様の執念は物凄く、到着するまで皆さんお行儀よくじっとお待ちになっておられる。
実は私のいる靴・服飾コーナーのレジからは、この「釜めし待ち」の行列がよく見える。
あんまり長い列が出来ているので、全くそういうものに興味のなさそうなお客様がレジでご精算のついでに、
「あれってなんの列ですか?」
と不思議そうにお尋ねになることがあり、
「みなさん峠の釜めしをお待ちなんですよ」
というと、
「ええー!釜めしにあの列?」
と驚かれることが多い。全く同感である。
「そんなに美味しいんですかねえ」
と言いながら、そういうお客様とは笑いあったりすることもしばしばある。
「峠の釜めし最後尾」という、一見すると何のことかわからないプラカードまで常備されている(普段は何故か事務所にある)くらいなので、人気のほどが伺える。
店にとってはさぞかし良い集客ツールだろう。

一人当たりの個数も限定だし、そんなに大勢が買えるわけではない。が、それでも皆さん熱心に並ばれる。
以前列の整理にきて、服飾のレジで一息ついていた副店長に、
「あんなに並んででも買いたいほど美味しいんですか?」
と聞いたら、
「さあ?僕はシイタケは好きだけどねえ…」
という意味不明な返事が返ってきて、味に惚れて仕入れている訳ではないのだな、と思った。

勿論到着しても、こんな具合だからあっという間に完売である。店内放送で何度も完売のお知らせが流れるので、私たちにもすぐわかる。
しばらくすると忙しくなるのがサービスカウンターと事務所だ。
サービスカウンターからは、こんな問い合わせがインカムに入ってくる。
「峠の釜めしは、今度はいつ入荷予定ですか?」
「峠の釜めしは、一度にいくつ入ってきますか?」
「峠の釜めしは、予約できますか?」
可哀想に、買えなかったお客様がサービスカウンターに流れてきて、一斉にお尋ねになるのだろう。ただでさえ忙しいサービスカウンターの方々は、峠の釜めし係を作ったらどうか、と思うくらいいつもインカムで聞きまくっている。気の毒な事この上ない。
事務所にはお客様からの電話が入る。買えずに帰ったものの、諦めきれないのだろう。もっと沢山仕入れられないのか、などという苦情も入る。事務所も大変だ。知ったこっちゃないが、ひたすら謝っているそうである。
因みに入荷予定日はトップシークレットなので、ざっくりとはお答えできても詳細はお答え不可である。
入ってくる数は荻野屋さんの都合もあるのか、毎回変動もあり、直前までわからない。従って、予約も不可である。
この辺の「できないことづくし」な感じが、余計に購買意欲をかきたてるのだろうか。

何故か駅弁フェアの担当は総菜部門ではなく、鮮魚部門である。だからこのイベントの時は、鮮魚の主任はあちこちから呼ばれまくっている。
おかげで私は会ったこともないこの主任のことを、会話の時についうっかり「峠の釜めしのTさん」と言ってしまい、
「そっちは本業じゃないよ。鮮魚のTさんね」
と課長に笑われてしまったくらいである。

食べたことのある夫に聞いてみると、まあなかなか美味しいものではあるらしい。が、やはりそこまでする?というくらいの認識のようだ。
私だったら富山の「ますのすし」の方が好きかもなあ、と思うのだが、あいにく「ますのすし」は釜めしほどの人気者ではない。

味が好き、という人も勿論大勢いらっしゃるのだろうけど、
「あの人気の峠の釜めしを食べた!」
と言いたいために並んでまで買うという人も半数くらいはいらっしゃるのかもなあ、とも思う。
必ずしも口と腹を満たすためだけに、買い求めるのではないようだ。
まあ、駅弁というのは本来そういうものなのかもしれないから、理にかなっていると言えなくもないか。

今度の駅弁フェアは1月とか言ってたな。
Tさんも大変だなあ、と思いつつ、釜めしの到着を待っているお客様たちのワクワクしたご様子を見るのが、実はちょっとした楽しみでもある。