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アンハッピーな日

私の勤めるスーパーでは、毎月十五・十六日が特売日になっている(食品除く)。『ハッピーデー』という。
六十歳以上の方だと、証明書を見せるだけで一部の品を除いて、ついている値札よりレジで一割引きになる。一万円を超えるような品でも適用できるものもあるから、欲しい商品のあるお客様は虎視眈々と、この日を狙っておられる。
当然『この日に買うから取っておいて』というのは禁止(そんなことをしたらバックヤードが大変なことになる)であるから、お目当ての商品は早い者勝ちである。だからこの日は早朝から混む。
早朝はレジも売り場も人数が少ないので、この日はいつもうんざりするくらい忙しい思いをさせられる。

我先にお買い物なさるお客様を見ていると、商売繁盛は有難いが皆さんよくまあこれだけ毎月毎月買うものがあるなあ、と感心してしまう。
尤も同じ方が毎月訪れると決まったわけではない。それだけ人口が多く、六十歳以上の方も多い、ということなんだろう。
年金受給者の財布の紐を緩めようという企画で、もう十年以上続いているらしい。

客数が多い、というのは喜ばしいことだが、この日のレジが混む要因は客数の他にもいろいろある。
まず、支払い方法に制限がないので、現金を出されるお客様が圧倒的に多いことが挙げられる。
現金は取り出すのも難儀なら、お返しの時の確認にも、財布にしまって頂くのも、いちいち時間を食う。指の動きのスムーズではない年配のお客様なら尚更である。これでお一人当たりにかかる時間がぐんと増えてしまう。
次にレジ操作が増えることがある。
この日の割引は、レジで一品ずつ『十パーセントオフ』のボタンを押すやり方でしかできない。例えばハンカチを十枚持ってこられたら、一枚ずつ計十回、このボタンを押す。ひたすら面倒くさくて手間がかかるし、隣の『二十パーセントオフ』のボタンを押してしまいそうで怖い。気を付けながら慎重にするので、急いでいても一定の時間はかかる。
この日は画面やボタンを注視するので、目が異様に疲れてしまう。

もともと何十パーセントオフ、という札が付いている商品は、この割引の対象外である。普通に考えれば当たり前だと思うが、そうは思わないお客様もいらっしゃる。
この日は、こういう商品を持って
「これから一割引いてくれるのよね?」
とレジに来られるお客様に
「申し訳ございません。この商品はこれ以上はお値引きできません」
と答えるシーンが少なからず発生する。
「そりゃそうよね、元が安くなってんだもんね」
と納得して下さるお客様が殆どなのだが、中には
「どうして?じゃあ『なんでも一割引き』って嘘じゃないの。酷いわね!」
と抗議?してこられる方がある。
こういう場合はどうしても値引きして欲しいお客様と、そんなことは規定で出来ない我々との間で、不毛な争いが繰り広げられることになる。
あまりにもしつこい(失礼)場合は上席者を呼んで、対応を丸投げさせて頂くこともある。
こういうやりとりも、やっぱり時間を食ってしまう。後ろには精算を待つお客様の長蛇の列が出来ることになる。

レジに来られるお客様は一様に、
「年金生活は大変だから、こういう企画は助かるわ」
とえびす顔で仰る。
が、私はそれを聞く度に
「そんなに生活が苦しいなら、こんなもの買わなきゃ良いのに」
といつも思う。
本当に欲しいものや必要なものならしょうがないが、そうではない感じの方が凄く多い。私から見れば『こんなの、なんで買うの?無駄遣いでは?』と思うのだが。

まあ、月に一度のお楽しみなんだろう。
日々頑張っている自分に、お得にご褒美を買えるこの日は、確かにお客様にとっては『ハッピー』な日だろう。
しかし忙しさが普段の何倍もになるのに特別手当も出ず、身体もより疲れる私にとっては、『アンハッピー』な日でしかないのである。







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