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ドタバタデビュー

私の職場であるスーパーの鞄売り場では、最近ランドセルの購入に来られる方が増えてきた。高価な物なので、レジもとても緊張する。
ランドセルは型落ち商品(昨年の売れ残った物)以外は基本的に予約販売になる為、レジは『前受け入金』というとてもややこしい打ち方をしなければならない。お客様にお渡しするものもレシート以外に沢山あるし、気が抜けない。対応が終わると「はあ~」と大きな息をつく事になる。
先日もお一人来られて、ご注文を受けた。大変ではあるが、親子とおばあちゃんで楽しそうに選ばれる様子を見ているのは、微笑ましくて、こちらまで笑顔になってしまう。

ランドセルの注文はお客様が帰られてからもする事が沢山あり、ベテランのYさんでも長時間かかりきりになる。その時もYさんは伝票と格闘していた。
「あ!忘れるところだった!」
Yさんが急に顔を上げて私に向かって、
「在間さん、店内アナウンス代わりにお願い!」
と言ったのでびっくりしてしまった。

この店では、タイムセールのアナウンスを各部門の社員が当番制で行っている。この日は丁度Yさんの番に当たっていたらしい。
時計を見るとタイムセールの始まる時刻の6分前である。5分前には放送を入れなければならないらしい。
渡された原稿を読みもせず掴んで、取り敢えず慌ててサービスカウンターに走った。

間に合ったは良いが、アナウンス用の器械の使い方が全くわからない。忙しそうなサービスカウンターの係員さんに頭を下げて使い方を教えて貰い、マスクをずらして準備する。
チャイムのボタンを押すと、当然だが店内にチャイムが響き渡る。ここまではドキドキしていたが、いざボタンを押したら急に面倒臭い気分になった。とっとと済ませてしまおう。

「いつもご来店頂きまして、誠にありがとうございます…」に始まり、原稿を粛々と読んでいくと先の方を見ておや、となった。
「ございます」が「ござます」になっていたりするのはまあ想定内だが、明らかに国語的におかしい文章が書かれている。二重敬語がある。『てにをは』がおかしい。誤字脱字多々。これはあかん。一体誰が作ったんや。

しれっと無視して読んでも良かったが、私はこういう事に人一倍拒絶反応がおきるタイプの人間である。『プレバト!』の夏井いつき先生の俳句の添削を、いつも胸のすくような思いで見ているくらいだ。こんな文章が読めるかあ!とちゃぶ台返しをしたい心境になった。しかしもう読みだしてしまっている。
しょうがないので、いつき先生のように脳内で赤いマジックペンで添削し、適当に言葉を増減して読んだ。あとは野となれ山となれ。お客様に何か言われたって知りません。こんな原稿書く奴が悪い。
スイッチを切って、サービスカウンターの方にお礼を言って目出度く持ち場のレジに凱旋した。

「ありがとねー!助かったよ!」
Yさんがにこやかに出迎えてくれた。
「いや、立派なもんだねえ」
Fさんがしきりに感心して下さった。いやFさん、めちゃくちゃ適当に作文したんですけど…なんだか尻こそばゆい。

後でさり気なく聞いたら、あのスリリングな原稿の作者は副店長だと言う事がわかった。我が店は大丈夫なんだろうか、と一人心の内で心配していた。

と言うわけで、無事に?50歳過ぎでウグイス嬢(もとい、ウグイスおばさん)デビューを果たした。
自分がこんな事をするなんて、若い頃には考えた事もなかった。人生何が待ってるか、わからないものだ。面白いなあ。