乃井伊智郎「三島由紀夫、封印された『割腹自殺』の後日談」

 昔、ミリオン出版が出している『怖い噂』というムックがあった。オカルト、芸能、都市伝説、猟奇殺人などをメインに扱っていたが、三島由紀夫の記事がそこに掲載されたことがある。タイトルは「三島由紀夫 封印された『割腹自殺』の後日談」、筆者は乃井伊智郎とあるが、ネット上には彼に関する情報がまったくなく、おそらくこの文章のためだけに作られたペンネームなのだろう。記事はVol13、Vol14の二号にわたる長さ。
 前篇は三島の遺体が自宅に戻ってきた時に発生したある事件についてで、乃井はある人物(「当人が危険過ぎて、今は明かせない。そのヒントも言えない」と書かれている)からそれを聞いたらしい。
 その事件とは、取り乱した三島由紀夫の夫人が突然棺の蓋を開けて、編集者たちのいる前で三島の首を取り出し、床に落っことしたというもの。驚いた夫人は三島の首を足で蹴り飛ばしてしまい、それが「白い絨毯の上をゴロゴロと転がって」いったという。夫人は編集者たちに取り押さえられ、首は川端康成が拾って棺に戻した。この「事件」はその場にいた中年の編集者による発案で極秘にすることが決められ、新聞・出版社の間で紳士協定が結ばれたと記事は伝えている。
 しかし、記事では遺体が戻ってきたのは自衛隊乱入事件当日の日付が変わる頃となっているが、ジョン・ネイスン『三島由紀夫─ある評伝─』では、翌日の午後四時となっていて、しかも火葬場が五時に閉まるから、家族は告別する時間もほとんどなかったとある。検死も乱入事件翌日の26日に行われており、時系列からして、この記事の信憑性は甚だ疑わしいと言わざるを得ない。
 後編は、三島由紀夫の愛人にまつわるもの。こちらは前編と違い情報提供者が丸山健二とはっきりしている(文中ではMだが、誰でも分かるヒントが書いてある)。
 1967年に『文學界』で丸山と石原慎太郎が対談したことがあった。対談終了後、石原は丸山を飲みに誘い、二人で街を歩いている時、目の前の高層マンションを指差して、三島の男があそこに住んでいると教えた。石原によれば三島には七人もの男の愛人がいて、それぞれにマンションと生活費を与えていたという。
 丸山からその話を聞いた乃井は、その愛人の一人に会ってインタビューを行った。彼曰く、三島はクーデターと切腹の計画を自分にだけ話してくれたとか(彼の前で、三島は「あたい」という一人称を使っていたらしい)。そして、三島の死後、「ねえ、早く彼岸に渡ってきてよ」という三島の声を聞くようになり、体を充分に鍛えてから、三島の一周忌当日に自殺したと記事は結んでいる。
 情報提供者が明確な分、前篇よりかは信じられそうな気がしないでもないが、誰か丸山健二に聞いてみてほしい。

『怖い噂Vol.13』
『怖い噂Vol.14』

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