武野藤介「盗作・暗合・種探し」

 かつて文壇には武野藤介という「超軽量級」作家が存在した。彼が文壇から軽んじられていたのは、彼の守備範囲が、ゴシップにコント(ユーモアや哀愁を漂わせた掌編)、艶笑文学という大きな評価が得にくいものだったから。特にゴシップについては軽蔑の対象ですらあったが、1930年にそれまで匿名で書いてきたゴシップをあえて『文士の側面裏面』という本にまとめ自ら正体を明かした。これは当時の文壇を知るための格好の資料として、2007年にクレス出版から復刻された。
 武野がこれまで書いてきたゴシップ的文章のなかで著作に収められていないものがある。それが1928年に『文章倶楽部』で連載された「盗作・暗合・種探し」だ。
 題名から分かるとおり、著名作家の盗作疑惑について書いたものだが、予め「暗合」と逃げをうっているだけに、こじつけ的なものも少なくないし、栗原裕一郎『盗作の文学史』のごとく目的意識をもって書かれたものでもない。
 ただ、1月号~10月号(3月号のみ未掲載)まで連載しただけあって、取り上げている作品は多く、当時の文壇の雰囲気も知れて、勉強にはなる。むろん、それだけやり玉に挙げられた作家がいるわけで、連載当時抗議とかなかったのだろうかと思って読んでいたら、馬場孤蝶から『不同調』上で「論定が勇断に過ぎ、時に武断に流れたところがあると思ふ」と苦言を呈されたことが、連載第7回目で取り上げられている。
 さて、武野が数々あげた「盗作」の中で俺が関心を持ったのが、武者小路実篤『幸福者』とトルストイ「神父セルゲイ」、里見弴『今年竹』と映画『肉体への道』、川端康成「音楽奇譚」と雑誌Ghost Storiesのある短編、などなど。
 こうした研究は盛んに行われているので、後にきちんと判明したことも多数ある(例えば、武野は『金色夜叉』の元ネタをバーサ・クレイの小説だろうと書いているが、堀啓子の研究によって『女より弱き者』と判明している)。俺の知識では、取り上げられている多くの作品について、その後どれだけ調べられているのか分からなかったので、もしかしたら武野の書いていることのほとんどが今では詳細に調査されているかもしれない。

栗原裕一郎『盗作の文学史』

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