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黒ずくめの男


昼下がりに「私」の家の近所を歩いていると、電柱に黒い男がしがみついていた。
何だかカブトムシみたいだった。

何やってるんですか、と「私」がたわむれに声をかけてみると、男は
「クワガタごっこです」
と言った。

クワガタかよ、と内心ガッカリしながら「私」は男を見上げながら、いつか電柱に登ったときの独特の爽快感を思い出した。
「電柱に登るの、気持ちいいですよね」
と声をかけると、クワガタ男は朗らかに
「ええ!とっても!」
と答えた後、困ったように目尻を下げて、
「でも、降りられないんです」
と言った。

「私」は電柱をゲシゲシと蹴ってクワガタ男を落としてやった。
クワガタ男は仰向けに落ちてきたまま、空中をかき回すように手足を動かしていた。
よく見るとアゴはきれいに二つに割れていて、たしかにカブトムシではなかった。

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