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無形文化遺産認定!スイスの時計メーカーと時計職人のルーツを辿る🌈

高いステータス性と資産価値を兼ね備えた『スイス時計』。

世界三大高級時計メーカーといえば、

・ヴァシュロン コンスタンタン(Vacheron Constantin)
・パテック・フィリップ (Patek Philippe)
・オーデマ・ピゲ (Audemars Piguet)

これらは、すべてスイスの時計メーカー。

他にも、

・オリンピックの公式タイムキーパーに採用されている『オメガ』
・自動車業界で有名な『タグホイヤー』
・高級時計メーカーとして知名度の高い『ロレックス』

など、スイスには、たくさんの有名時計メーカーがあります。


時計が大きな進歩を遂げたのは、966年。

駆動装置を動かすだけで精一杯だったこの時代、機械式時計は、基本的に大型で、非常に高価なものでした。

その後、小型の置時計や壁かけ時計など、家庭用の時計が出回り始めますが、まだ庶民が買えるほど手頃な価格ではありませんでした。

そのため、時計は、一部の貴族だけが手にできる高級品だったんです。


16世紀に入ると、加工性や耐食性に優れた『真鍮(しんちゅう)』が使われ始め、時計を小型化することに成功します。

手軽に持ち運びができる『懐中時計』が誕生したのもこの頃です。

これをきっかけに、ヨーロッパ各地で、時計製造専門の時計職人が増え始め、ウィーンなどでは、時計職人のギルド(組合)が結成されるほど、時計職人の需要が一気に高まります。

そして、それまで時計が製造されていなかったスイスでも、この時期を境に、時計職人が次々と現れ始めます。

しかし、そのほとんどは、需要の高まりに目をつけた素人の職人たち。

特に、ジュネーヴでは、宗教改革で市民が豪華なアクセサリーや高級品を身に付けることが固く禁じられていたため、

「金細工職人や宝飾職人が転職を余儀なくされた」

こういった時代背景もあり、時計職人になる人が後を絶ちませんでした。


そんなスイスの時計業界にある日、転機が訪れます。

もともとヨーロッパ各地から多くの宗教難民を受け入れる政策を取っていたジュネーヴ。

ユグノー戦争が勃発したことで、フランスから多くの時計職人が、ジュネーヴに避難してきました。

ジュネーヴの時計職人たちは、彼らから製造技術を教わりながら、一人が一つの工程を請け負う『分業体制』を整えていきます。

さらに、貴金属や宝石の加工についても豊富な知識を得ることができたため、これを活かし、短期間で一大産業を築き上げることに成功します。

ジュネーヴは、スイスにおける時計製造の中心地となり、その技術を隣接する地方に広める存在へとなっていきました。


クォーツ(水晶)式の時計が主流なのに対し、スイスの高級時計は、今でもぜんまいを使った『機械式ムーブメント』方式を採用しています。

このムーブメントの製造には、時計職人の技術は欠かせません。

そのため、スイスには、優れた時計職人を育てるための『養成機関(メーカー協賛)』が数多く存在します。

手間と時間のかかる『機械式ムーブメント』を使い続けることがスイス時計のこだわりであり、

これが、高級時計のイメージを崩さない、彼らの戦略でもあるんです😌

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