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頭が高い【テニス】


 テニスにはNTPRやITNといった指標がある。何となく続けているけど、実際今どれくらいの実力なのか知りたい時参考にするものだ。ただ、自己評価と他者評価が一致するとは限らなくて、そういう意味ではハナっからコーチに「自分今どの辺ですか?」と聞いてしまった方が早いのかもしれない。
打てども打てども結局自分は何も変わってないんじゃないか問題。今の自分は本来望むその場所に見合っているのかという観点。例えば

  
こんな感じで評価されたら、凹みながらもちゃんとそこに行くようになると思う(あくまで私の場合)。直接警告されることがないからこそ、自律を求められるのであって、それが当たり前にできるのが大人だとしたら、この歳になっても私はまだ子供なのだろう。
「生きる意味なんてない。そんなもの自分でつくれ」と思いながら、でもやっぱり不安なのだ。ここにいていいのかと思う。
 きっかけは思わぬ人物との再会だった。
 
 
 

 反射的にいくらだ、と思った。
 コートが広い。ほとんどのコートで一人半面ずつ使用している。精度が高い。続くラリー。外にいながら思わず緩む頬。あの人バック上手、としばらく眺めたのち、目の前のコートに視線を移す。見たことのないウェアは当然知らない人として何となしに眺めていると、ショートストロークの距離でのテイクバックに、瞬間何かが引っかかった。
 バチバチッとつながる。その最小限の予備動作を知っている。コンパクトなテイクバックはタイプゼロに限りなく近い。振り遅れが少なく、きちんと伏せられた面の分だけ回転量を含んだボール。
 
 何だ、おるやん。
 
 そこにいたのは私にとっての最速、レッドだった。同時に確認したのは曜日と時間。以前探したことがあった。かち合ったことのある時間帯を一通り巡った。けどその時はどこにもいなかった。
 曜日と時間。「ここ」も巡った。いなかった時のデメリットが大き過ぎて、二度と行かないと思った所だった。
「会員でもあるから」
 テンション35なコーチはしれっと教えてくれた。
 あの時。私が過去その時間帯に行った時、メガネ君とうさぎが会員として向こうのコートでラリーをしていた。受講料の半分をこっちに納めてくれと思ったあの時、見えなかっただけで平行線上にいたのか。だから反射的にいくらだと思ったのか。
 10球でいい。いくら払えばあの人と打てる、と。
 
〈だってあの人中上級じゃん〉
 
 ビッグサーバーはもういない。けど、その時の表情はずっと残っていて。
 レッドは気を遣うから。「大丈夫」だと「すいません」と。全て自分の内側に原因を求めてしまうから、それが勝手に嫌だった。
 このことは何も私の中だけにおさまる話ではない。外から見たレッドが持つ想いは、確実にこの競技を底上げする。絶対に手放してはいけない人であり、かつこの人が腹の底から楽しいと思える環境を整備することが、一般人Aの特記事項に入っていた。
 
 生じた思いは焦り。
 ラリーを自分が打っているつもりで見る。ダメだ。タイミングが合わない。全部ショートになる。それを取れなかったレッドが「すいません」と謝る。ちげえよ。
 
 違うんだよ。そうじゃない。だから
 
 まずは「受けろ」これはいつだったか打った時にも思ったこと。
 遅い。遅すぎる。10球じゃ足りない。
 手のひらに嫌な汗が滲む。
 
 ストレス発散、人とのつながり、自己実現。人によってこの競技に求めるものは違って、じゃあ今レッドが求めるものは何だろう。レッドは謙虚だ。私と違って相手が誰でも態度が変わらなくて。レッドはテニスが好きだ。でも一人だけ熱量が違うから、いつもどこか寂しげで。その温度差をならすための低姿勢が、私は嫌だった。
 
 何が中上級だ。
 誰かぶん殴ってくれよ。
 
 私にとっての中上級は、初めて目にした光景のまま。まるで勝ち筋の見出せない、圧倒的に勝てない人達の集う場所であり、それは必ずしもスコアに依らない。絶対に手の届かない場所であり、私レベルがのうのうと踏み込んではいけない聖域。
 
 レッドがいるところで、レッドがいないこの場所にいることの恥ずかしさたるや。
 胸が詰まる。「これ」は何より自分に対する言い訳か。私はこの競技が好きだから、この競技が好きな人のこの競技に対する思いも好き。だから。
「出力させる」ストローカー。そのためになら最善を選べる自信があって、球出しくらいならできるんじゃないかと思ってる。あ、手塚ゾーン目安で返球してもらう前提で。
 
 力むのは自分でどうにかしようとするから。そんな自我は時に邪魔でしかない。泳げないなら、時に大きな流れに身を任せることも大事。だから、聞け。それなら最小限のテイクバックで済む。合わせろ。それなら前へ走らせることも減る。それがこの男に対して今できる最善。あはは、ショボ。


 




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