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偽善人間 陰【feat.ナオト】



 テニススクールにがっつり回転をかけて低い弾道で飛ばしてくるバケモノがやって来た。「バケモノ」を頻出することで、バケモノという名そのものの価値が暴落する恐れを危惧するものの、再考した結果、やっぱりバケモノなのでそうしておく。気が向いたら一覧作るよ。そもそも私自身のレベルが低いことが要因だと言われれば「ぎゃふん」としか言いようがないのだけれど。
 そんなNew!バケモノ、新出かといえばそうでもなく、レッドより高い頻度で、たぶん二ヶ月に一度くらいでやって来る。身長は私より少し高い程度。一見サッカーのユニフォームかと見紛うような、鮮やかな水色のウェア。ナオト・インティライミに似ているため、名を「ナオト」とする(敬称略)

 初めて打った時「上手い!」と昂って、全力でラリーをした。コーチと打つ時もそうだが、上手いと甘えられる。本気で打ちにかかる。「もっと」と思うと強い。非常に質の高いラリーになる。その時の楽しさを記憶しているが故、深追いしすぎて逆に上手くいかなくなるのはいつものこと。だから弾道低くてもスピンなんだからここまで来るの遅いんだって! と自分に言い聞かせるも、気持ちばかりが急いてラケットの振り出しが早くなる。
 そうして基礎練習が終わった後、人数の関係で一人ゲームを外されると、コートの外から打ってるのを見る。当事者じゃない。自分だったらこうする。この人はこのコースが苦手。何より。

 上手い。

 口を注いで出てしまう程の、力強く美しいラリー。それに応えられるネットを挟んで反対側の存在。淀みない。逃げない。真っ向勝負。はっきりとした打球音に、火花が見えるような緊張感にゾクゾクする。自分も早くあの一部になりたい。
 その後、対戦相手としてナオトと向き合う。男は私相手にも全力で打ち込んできた。一切の手加減のなさ。思わず漏れる悪態。それは純粋な悦びに違いなかった。この男は、私を本気で戦うに値する相手として認識している。そのことが何より嬉しかった。
 喧嘩を売るようにストレートに叩き込んだボールを難なくボレーで仕留められる。完全に読まれていた。ただ、ストレートは私にとって見せ球。成功しようがしまいがどうでもいい。
 その打球は宣戦布告。私は、あなたから逃げない。
 バックのハイ。あなたはここが苦手。
 浮き球を叩く。いい大人が、地団駄を踏む姿が見えた。

 想定しなかったのは、その後ナオトと組むこと。
 互いに少しだけ「げ」という顔をして、殺しきれないそれを無理矢理繕ってサーブを取る。

 深呼吸一つ。
 あなたにどう思われるかじゃない。

 逃げない。安パイなサーブじゃない。それは、完全に仕留めるための。
 ナオトがリターンを沈める。ドンピシャ。次。

 あなたがどれ程の実力者だろうと、私は私のテニスをする。
 それはいつかも思ったことだった。
 同じテニスをするという行為でも、別の顔になる。
 サーブが、乗る。ナオトが決める。ボレーに澱みがない。正しいコースに、充分な球威で捌いていく。悔しいが見事というより他なかった。
「素晴らしい!」
 手を叩くと、男は気まずそうに頭を下げた。



 それにしても。
 もう来ないかと思っていた「初心者かなぁ」な男性二人組が、この日再びいた。別にいいんだけど、いい加減私のサーブに慣れて欲しい。一本も返って来ないんだけど。ナオトん時どうしてたんだろ。そうでなければせめて離れて欲しい。物理的な近さに嫌悪感しかない。
「いやあ、僕もボレー苦手なんですよ」と堂々言っている男もまた同列。苦手なら何故苦手なのか分析して練習すればいい。せめてそれまでは歯ぁ食いしばってできるフリしとけよ。意図的に自分達でハードル下げるなよ。ここ、中級だよ? 何より。

 退屈したら上手い人来なくなるじゃないか。

 そう考える私は、その日ナオトにきちんと「ありがとうございました」と伝えて、笑って帰路に着いた。


 丸まった背中なんて、見えなかった。



#私の仕事






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