インスピのべる(もちだみわさん『きみの、となりに』より)【2000字短編小説】
一度聞いてみたかったのは、絵を一枚、描き上げるまでの時間。私は2000字分量の作品のみなら、サイトにアップするまで約2時間。そして実際読まれる時間は1分そこそこ。これを基準としたとき、その時間は見合っているか。
これは絵師様へのリスペクトである。
私自身、高校を卒業するまで漫画を描いていた。文章のみに切り替えたのは、SNS経由の、効率を追及した結果。そう言えば聞こえはいいが、要は「私に絵は描けない」と見切りをつけたが故の、落ちこぼれの戯言に過ぎない。だから見上げる。見合うか推し測る。かけた時間と、かけられた時間。その天秤はつり合っているか。
これはただの独りよがりである。
私は、この絵にとどまる時間を可能な限り引き伸ばしたい。奥行きを出したい。とは言ってもそもそも原作者には原作者の思いがあり、大切にしているものがある。そこに土足で踏み込む行為を許容された以上、まず私にはそれ以上のものを返す必要がある。ウイルスは増殖することで力を発揮する。その増殖分が本体にとってプラスになりますように。はーいそろそろ黙りまーす。
それでは。
【そもそもインスピのべるって何ぞやという方へ↓↓】
あたしが一番だと思ってた。
わざわざ口に出すまでもないだけで、暗黙の了解ってやつで。
最も優先されるべきはあたしだと思ってた。
だってどう考えたって一番近くにいたし、頭をなでてもらった回数も、くだらない言い合いをした回数も、あたし以上の人なんていない。
だからずっとここにいると思ってた。理由もなく。
目がさめて、ふとんに入って、また目がさめて。365日、この人生の果てまで同じような朝が続くと思ってた。
神がかったオンチを、
本当は苦手なクセに「平気ですけど何か」オーラを出しながら大型犬とすれ違うのを、
「風の流れを読んで2時間後の天気を当てる」という厨二病じみた遊びを、いいトシになった今も割と本気でやってるのを、
知ってて笑えるのはあたしだけだと思ってた。
投げ出された手のひら、その向こう。
ねぇ、内と外を分ける線ってどこにあると思う? あたしはね、寝顔を見せられるかどうかだと思うんだよね。
高い明度。それでも昼下がりの、少しだけトーンを落とした日は、緑を透かしてキラキラ。キラキラと頬を照らす。
となりに寝転ぶなり「柏の木だねぇ」と頭上を指差し「どんぐり転がってるかなぁ」と言いっぱなしで眠り始めたその向こうに見えるのは、息の詰まるような現実。
ただ一時の解放。うららかな陽気に誘われてうとうと。標高の高いこの地はまだ空気がひんやりしていて、ゴールデンウィーク、久しぶりに地元に帰ってきた薄着のその人に、母は私と色違いの上着を手渡した。その寝顔は、明るい光を受けて公共。
〈結婚することになったんだ〉
うららかな陽気。この人が連れてきたその女性は、まさにそんな感じの人だった。初対面のあたしにもニコニコ。周りの人にもニコニコ。まるでその人がいるだけで全てが華やぐような。みんながみんな、その人を好きになるような。
「きみ」という聞きなれない呼び方に、背筋がざわりとした。
その音の持つ意味。どんなに近しくてもあたしはそんなふうに呼ばれたことがない。「あのさぁ」や「ねぇ」はあっても、「きみ」は一度も。そうして当然これからも。
すやりすやりと規則正しく繰り返される寝息。その無防備な顔はこっちを向いたまま。あたしと一緒に寝る時は、仰向けで寝ていても、顔だけこっちを向かせてた。向かい合って眠ると安心するのだ。最初こそ「何だよ」と嫌がっていたものの、今では何を言わずとも望み通り。
〈ハイハイ、おひめさま〉
そう。小学校6年分の年齢差は、始めからたった数年でやわらかな関係に構築し直された。
わがままに自由に育った女の子と、全てを許し受け入れてきた男の子。
相似。緑に照らされる、あたしより少し大きいだけの手。
同等。強がりの上手い、いいトシして厨二真っ盛りの同じ生き物。
あたしが一番だと思ってた。
最も優先されるべきはあたしだと思ってた。
だからずっとここにいると思ってた。
きみの、となりに。
あたしは
ごめんね。
お兄ちゃんのことは好きだけど、だから幸せになってほしいと思うけど、
ごめんね。
お兄ちゃんの連れてきたあの人だけは、お兄ちゃんのあの人を見る目だけは、どうしても好きになれる気がしないんだ。
頭上の柏。落葉樹なのに、葉をつけたまま春を迎える珍しい木。季語は初夏。その葉は新芽に押されてようやく落ちる。
落ちたばかり。そうして生まれ変わってキラキラ。初夏。今が一番輝く時。
無防備な寝顔。
今日の風、この人が言うには「2時間後の天気も変わらず晴れ」だったらせめてその間だけでも、それまででも
このまま時間を止められたらいいのにって、割と本気で思ってるんだ。
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