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ただ認めて欲しかった【feat.鈴木さん】



〈最後にもう一度だけ力を貸して〉
 某漫画を映画化したもの。一度は亡くなったはずの女の子が、異形、異質の力を持って蘇る。冒頭のセリフは最終、敵を前に主人公が元女の子に向けて言ったものだ。名前を呼ばれるたびに「なぁに?」と嬉しそうに応えていたバケモノの力を解放したのは、果たしてその後に続く〈僕の心も身体も全部あげる〉という言葉だったのだろうか。

 2、3年前の話になるが、介護施設に一風変わったロボットが導入された。このロボット、ロボットなのに足元に落としたものを上手く拾えなかったり、何をするにもトロ臭かったりする。すると遠巻きにそれを見ていた入居者達が代わるがわる手伝いに来た。「しょうがないなぁ」と幼子までも落ちたものを拾ってあげていたという。

 コミュニュケーションが大事とか、コミュ力だとか。じゃあ人との関わりが発生するのはどこかと考えた時、それは「何かを与えて与えられて」。生まれた時からそうだ。だからずっとそれを繰り返す。


 この度私の通うテニススクールに新入りが参戦した。
前回まで来ていた、傍目にも初心者かなぁという男性二人組は、いい加減はっきり言われたのが堪えたのか来なかった。ここのコーチは結構厳しい。見合わないと容赦なく肩ポンする。だからこそ逆にクラスのレベルを維持できそうな人材はとことんかわいがった。以下、新入りのメンズを似ている俳優、鈴木伸之さん(ラジエーションハウスの医者ね)からとって鈴木さんとする。
 テニスをする男性に多い体型。細身に長い手足。遠心力を使って放たれるボール。基本は風を切るフラット。ただインパクトの面の角度から、ただ早いだけではなく、バウンドから伸びるタイプだと分かる。いつものペースで準備をしていたら振り遅れて弾いてしまうのは目に見えていた。
 初回だからまだ固い。ただ、それを差し引いても十二分に手練れだと分かった。今までもコートで入構届を書いている人を見てきたが、残っている人は一人もいない。私以降レギュラーは結局増えていない(ちなみに私はというとコーチの承認ありきではなく、受付の人とのやり取りで「入ってもいいですか?」「イイヨ」で裏口入構したタイプだから、正式に実力が認められた上で入った訳ではないが、まだ肩ポンされてないからイケると思っている)
 鈴木さんとは、向かいに立つよりは横に並ぶことが多かった。ストロークが上手い一方、ボレーには苦手意識が見える。人は自覚する以上に思っていることが出てしまうようだ。だからいくら実際難しいボールに対応できていようと、背中が丸くなれば、どこか所在なさげに見えれば分かってしまう。逆に苦手なボールがあったとしても、とっとこ前に出て「できますけど?」という顔をしていると、身体もそれに合わせた態度をとる。動きをする。成功率3割の3を叩き出してくれる。だから心のコントロールは本当に大事なのだ。

 問題はじゃあどうするか。問1、ボレーの苦手な相方を持った時。
 サーブから前に出る。平行陣。あえて前に詰めたポジション取りをする。上を抜こうというのなら、この人が下がる。ストローカーは走ることを厭わない。後は自分の好きな形で戦えばいい。元々私が前なら雁行陣。押し勝てるんだから、私は浮き球をありがたくごっつぁんすればいい。
 要は役割分担。勝つためにどうすればいいか。どうしたら楽しくテニスができるか。結局、より楽しめた方が勝つというのはレッドから教わった。ミスとにらめっこしてたって楽しくない。だったら楽しむための、一本でも長くラリーを楽しむための動きをしよう。そんな時だ。

「お願いします」
 声が聞こえた。
 驚く。「はい」と応える。
 役割分担。センターへの配球。どっちが取るか迷う一瞬。コートに穴を開けないための一手。
 任せることができれば、もう一人は別の動きができる。そんな当たり前を
「ありがとうございます」
「いいえ」と返す。リターンの位置につく。

〈女の子だって分かってるから〉
〈女の子相手だから〉
〈女の子〉

 いつだって線引きされていた。今どき価値観をアップデートしようという働きがあれど、個々にとっての自分事として落とし込むにはまだ年月が浅い。
「女性は守るもの。だから全部自分がやんなきゃ」
 気張るのは自由だ。それで勝てるならどうぞご自由に。そう思っていた。
 じゃあこの男は古い価値観とは無縁か。違う。
 任せることができるかできないか。能動的に任せたら同じ温度で任せられる時が来る。それを張れるか。欲しいのは自信。生まれ持った性質ではなく、ただ競技者として必要な技術と冷静な判断力。その一言だけで、この人が見つめているもの、立ち位置が分かった気がした。
 自分の輪郭を正確に把握する。一人では勝てない。そんな当たり前。私自身、根っこからボレーを見直してきた。グリップ、打点、フォロースルー。それがちょうど実を結び始めた所だった。だから
〈お願いします〉
 任せることができれば、もう一人は別の動きができる。そんな当たり前を共有してもらえる。それは任せるに値するとして初めて発生する需要。年月と共に失っていくものの代わり、変わることのない需要、能力。それはいずれ、女性としてやさしくされなくなる未来から守ってくれる。例えバケモノになっても、私を呼んでもらえる。

 何かを与えて与えられて。
 あの時〈僕の心も身体も全部あげる〉は個人的には不要だったように思う。
 ただ切実に自分の能力を、自分にしかできないことを求めてくれたなら、そのためにリスクを冒してでも力を発揮した。ただ自分もこの場所に必要だと認めて欲しかった。女の子扱いなんて求めてない。大好きな競技の中で、非力な自分でも役に立てると知りたかった。
 後ろで見ていたコーチが手を叩いた。

 終わるとそれぞれさっさと帰路に着く。入構届けを書いている鈴木さんと、それをニヤニヤしながら見守るコーチが目の端に映る。
これで6人。毎週決まって実力者と打てるとなると、自然と気持ちが昂った。
当たり前に過ぎていく毎日。7分の1で訪れる彩りに見合うだけの汗を流そうと思う。
成長期。この歳になってももうしばらく続きそうです。










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