頑張ったご褒美(前編)【feat.ななコ】
ふと決して仲がいいとは言えない高校時代のペアを思い出した。
私自身、それまでずっとシングルスで団体戦に出ていたのだが、最後の最後、完全に噛み合った彼女とダブルスで出ることになり、チームメイトで順番に決意表明をした時のこと。
皆が皆緊張した面持ち。順番が回って来る。
〈「私は」〉
「初級ですか?」と聞き返された。「はい」と答える。
眉を下げて右手を開く。グリップチェンジ。目的は測量。やりたいことは伊能忠敬と同じ。ただ私の場合、歩幅ではなく打球での計測。
前日KPが「ここ、今レギュラー一人らしいよ」と教えてくれた。じゃがコが新しく受け持つようになった時間帯。初級と名がついても「男子トーナメント級」に出会した過去があるため、一人しかいないとなれば、メニューはコーチが調整すればいいと思った。
じゃがコは負荷のかかるラリーに付き合ってくれる。同じ弾道の打球をずっと打ち続けてくれる。そこにストレスが生じなければ、この改良は「良」。加えて少人数故、打球の絶対数が上がるのも魅力的だった。
しかし念のため尋ねた人数、返答はまさかの6人だった。
オイオイ話が違うぜベイビー。ただ、もうこの段階で私はじゃがコとのラリーを想定しており、言ってしまえば「私の中のリトルリカちゃん」が完全顕現の上、「りか きれいなの 好きイイイイイッ」と暴れ始めていたため、このまま引く訳にはいかなかった。
「じゃあ中上級は何人ですか?」
「は?」と言われた。眉を下げて左手を開く。
i野コーチは、中上級に行っても「いいけど」と言った。ただその「いいけど」自体氷山の一角であり、納得できていない本音9割が水面下にあったとしても、この時私が欲したのは言質であり、それが得られた以上、印籠の如くホイと使わせてもらう。返答は「今のところ1人です」だった。
実際コートに向かった時にいたのは4人だった。
窓口で見かけて会釈された時、まさかとは思ったのだけれど、ついこの間、今いるクラスに現れた無色の男性もいる。このPC、「むしょく」を変換した時「無職」がベースのため、謎に名誉毀損する前に、この男性を仮に「メガネ君」とする。白の方はメガネ「くん」で呼び分け。いや、正確には呼び方は分けられてないんだけど。
思い出すのは以前中上級で出会した鬼。今回グリップを変えた関係で、あの時の重さと比較することはできない。けれど以前4球だけ打ったボレスト、あの時感じた「呼吸が合う」「キレイな4拍子」という感覚は正しかった。
続くラリー。タイムキーパーは同一だろう。合間、前回3度が今回は2度だけボールを取りに向かった。8球で15〜20分。一球あたり30ラリーは下らない。
押されない。打ち出しが安定すると、弾道は上がらずに済んだ。私好みの、丁度いい高さでつり合う。
測量。どのくらいの高さで打ち出したらアウトするか。逆にどのくらいの面の角度だとネットを越えないか。測量自体じゃがコを理想としていたが、メガネ君もほぼ同質のものを提供してくれた。
すなわち個性を極力薄めた打球。色がついていると振り回されて測量どころじゃなくなるため、自分の輪郭を正確に把握する上では安定した打球を求めた。
私自身、打球の質が変わったことを実感する。
不安になって打ち込むことしかできなかったものが、測量の結果、余裕を持って相手が最も打ちやすいところにボールを配給することが可能になる。
キャッチャーに回る。自ら相手に主導権を渡す。
聞け。
あそこに返す。加速させずに。
男は気づいた。同じくこっちの打ちやすいところに返ってくる。それこそが私の求めていたラリーだった。
すごいな、と思う。
フォアで打ち続ける。次の一球はバックハンドで。納得がいくまで同じやりとりを繰り返す。「ああフォアで打ちたいんだな。今度はバックね」というのは、言わずとも分かった。暗黙の了解。枠組みのないルールというのは、キャッチありきで初めて見えるようになるものなのかもしれない。
高い打点のバックはどうしても押される。それでも相手をものすごく走らせることはないままやりとりは続いた。
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