逸見灯里

この世のどこかにいるオタク|三次元と五次元どっちも楽しむ|星とカードを読む|個人セッションは仕事依頼からどうぞ

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「自分は何もして(できて)いない、と思う事こそ傲慢である」

    • 「自己信頼が足りない」と感じた年末を越えて、今年は「自分を信頼して良い」と確信できる出来事がたくさん起きて、どんどん見え方が裏返っていくのかもしれない、という兆しを得た。

      • あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。 現在、毎年恒例の弾丸初詣に出ております。(居住地→地元→伏見稲荷→伊勢に車中泊をしながら参拝する、往復1500kmに渡る挨拶回りのような行事でございます) 雪国では珍しい晴れ空の写真をお届けです。

        • 「頑張らないで楽しろ」と何度も何度も言われる。私が頑張りたくても魂が頑張るを手放して楽する設定で来てるから、自我をよしよしして楽するしかない。頑張る設定の人もいるらしいけど、周りにはいない(家族だとしても別居してるし)設定が違う人とは出会わなくなってるって事なのかな?

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          「ゆるめる」と「だらける」の違いについて、なんとなく「こうかな?」というメモ。 「ゆるめる」は気付きと共にあり、「だらける」は感情に一体化している。 競技場があるとしたら、「ゆるめる」は観客席から選手を眺めている状態。「だらける」は選手のまま競技場で目と耳を塞いで寝ている状態。

          【お知らせ】年末年始のセッション休止期間について 年末年始は、'22/12/27〜'23/1/6までお休みとさせていただきます。 その間はメール対応も休止いたしますので、ご了承ください。 期間中のお問い合わせに対する返信は7日以降となります。 どうぞよろしくお願いいたします。

          与えられなかった事で生まれたものこそ、わたしが与えられたもの。

          ただ「愛してる」と言うだけでよかった。 それなのに、ずいぶんと遠回りをしてしまったな。 でも、言葉だけじゃ伝わらないから、いろんなものを拾い集める必要があったんだと思う。 だからこれでいい。

          「苦手な事は後回しでおっけー👌👌👌」というのがおりてきた。 これまで形を変えて言葉で何度も耳に、目にしてきた事だけど、なかなか実践できなくて。 でも今回はすんなりと「確かに」と思えたので、何か外れたのかもしれない。

          「元気」とは言えないけど、前より「軽い」

          おととい記事を投稿してから、焦りや不安が一気に噴出してきた。 思ったよりスキが少なくて悲しいとか、読んでもらってもつまんないって思われてたらどうしようとか、そういう不安。 noteで投稿をたくさんしはじめてちょうど4年くらい経つけど、最初の頃はそういう感情が出てきても、感じても仕方がないって無視していたっけ。 2020年の年末で時代が変わった。 時代が変わる前は、その自己欺瞞のまま突き進めた。 揺らぐ感情を押し殺し、経験と実績でねじ伏せるという事ができた。 でも、時代

          今年のささやかな、けれど大きな変化の一つが、デスク作業中に腰痛にならなくなった事。3〜4時間通しで作業しても腰は平気。 腰痛の原因は諸説あるけど、私の場合はおそらく不安から喜びを受け取れていない事だった。ある出来事で嫌われ不安が減った時期と、腰痛がなくなった時期がリンクする。

          「あれから」と、少しの「これから」

          前回、インパクトのある体験を、勢いのままに記事にした。 溜め込んでいたものを一気に出して、ちょっとハイになっていたと思う。 これからは自由に書いていくんだ、という気持ちでいっぱいだった。 でも、色々あって、この記事を公開してからここに至るまで、結局ほとんど投稿出来なかった。 「口ばっかりじゃん」「どういう事なんだ」と……責める人がいるかはさておき、私の中には、そういうジャッジを下す思考もあった。 「毎日5分でも書きなさい」と言われ、そうできたらいいと思ったのは事実。

          思考や感情をぶちまけただけの文章を出すことに抵抗がある。でも、それをこそ読みたい人もいるんだろう。個人性を排除した言葉だけ読みたいならオラクルでも引いていればいいのだから。 ここで何を書くか、何を外に出すかでずっと悩んでいる。焦りや不安で曇る。もう少し様子を見る必要がある。

          現実の出来事は映画を見ているようなものだ、と改めて実感した。出来事そのものをどうにかする事はできないのだ。大事なのはその出来事を通して、自分の魂が「私」に何を気付かせようとしているのか。

          【セッションへのご質問】「星読みはもうあんまりやらないの?」→いいえ、やります!

          先日の鑑定セッション再開に際して、文章がわかりにくかったんだと思います。 以前からお付き合いのある方に、「星読みはもうあんまりやらないの?」とのご質問をいただいたのですが、いいえ、むしろやります! 確かに直感重視で技法はサブ、という表現だと「言われたところだけサラッと読む」ようにも思えてしまいますよね……。 ええと……そんなことはなくて、どんな球が来ても打ち返せるように、事前分析はむしろこれまでよりしっかりします! 結果として運気を見ることが必要なかったり、カードメイ

          焦って進もうとした時にめちゃくちゃわかりやすく「そっちじゃないよ」サインが来ると、守られてるんだな……と感じる。 何か理解の及ばないものに圧倒されて思考停止するのと、自分を信頼して思考を手放し委ねるのは、似てるようで違う。前者は寝惚けてるのに近い。後者はちゃんと目が冴えている。