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【感想】NHK 歴史探偵「謎の芸術家・本阿弥光悦」を視聴しました

2023年6月14日(水)22:00~22:44、歴史探偵「謎の芸術家・本阿弥光悦」を視聴しました。

<始まる前に>
本阿弥光悦といっても、教科書で習うくらいしか知らない人物なので、今日の歴史探偵は楽しみです。

<NHKのあらすじ>
日本のダ・ヴィンチと呼ばれマルチな才能を発揮した芸術家・本阿弥光悦。
戦国~江戸初期に活躍した光悦の謎に満ちた実像と作品に込められた驚きの仕掛けに最新科学で迫る。


■美術史を変えた!?謎の芸術家

■スタジオで
本阿弥光悦、ご存知でしたか?
佐藤所長「正直知らなかったです」
河合先生「ジャンルを超えたスーパーマルチアーティストでした」
代表作「船橋蒔絵硯箱」の複製をお持ちしました。
佐藤所長「妙な形、なんでこんなに膨らんでいるのでしょう?」

■謎の膨らみに隠された光悦のスゴさとは?

京都・上京区本阿弥光悦ゆかりの場所、日蓮宗「本法寺」です。
・瀬川日照さん(住職)
本法寺と書いてある光悦自筆の額です。
本阿弥家の菩提寺で、光悦にまつわる品が多くあります。
重要文化財「法華題目抄」
変幻自在の書の達人、寛永の三筆の一人に数えられました。
重要文化財「花唐草螺鈿経箱」
貝殻を使った装飾、螺鈿によって、草花を巧みに表現しています。
瀬川さん「当時としては大変な芸術家ということになるのでしょう」
広さ200坪の「巴の庭」という庭園に、ある仕掛けが隠されています。
日蓮宗の開祖「日蓮」という文字が隠されています。
まずは池です。これは蓮池で、「れん」と呼びます。
そして、石です。丸い石の真ん中に線が入って「日」の石です。
斬新な仕掛けこそ光悦の秘密を解く重要な鍵です。

■脳をくすぐる 天才芸術家の秘密

●関西大学へ
・石津智大さん(関西大学)
芸術を脳科学の視点から研究しています。

●光悦のギミックその1
違和感
違和感のあるものを見た時の脳の反応を測定します。
普通の顔を見たときの脳波と変形させた顔を見たときの脳波の違いを測定します。
つまり、人間は違和感のある絵を見せられるとより強く注意を惹きつけられるそうです。
異様に膨らんだ「船橋蒔絵硯箱」違和感を注意をより強く惹きつけていたと考えられます。

●光悦のギミックその2
アハ体験
分かりづらい写真を見て、分かった時の瞬間の脳波を測定します。
あっ!と思った瞬間が、無意味のものに意味を見出したワンショット・ラーニングといいます。
アハ体験とは、あることを突然理解した瞬間に起こる脳の反応
作品の意味を理解すると感動が深まり、その作品に対する評価が高まるとされています。

■船橋蒔絵硯箱のアハ体験とは?

後撰和歌集の和歌が蓋の表面にかかれています。
しかし、元の歌にあるはずの「船橋」だけないです。
実は、硯箱の中に船橋はあるのです。
舟と橋の絵が表現されていたのです。
造形の違和感と船橋がないことに気づいた、わかった時の瞬間、全部詰まっているのがこの硯箱です。
脳の仕組みを計算された仕掛け、これを400年前に駆使していたというのは驚きです。

■スタジオで
この硯箱の膨らみは、アーチの橋の膨らみです。
佐藤所長「何度アハ体験すればいいの!脳動く動く」
河合先生「光悦は町衆出身で独自の工夫を凝らし斬新な芸術を作っていきました」
そんな光悦の独特の感性の原点は?

■美の原点 刀剣にあり

・本阿彌雅夫さん(19代目)
代々伝わる家宝がありました。
国宝の「長重」という豊臣秀吉から拝領した短刀です。
「短刀 銘 備州長船住長重甲戌」南北朝時代の名刀です。
本阿弥家は室町時代から刀剣の研ぎ・鑑定を行う一族でした。
秀吉は、価値を高めるため、刀剣を鑑定する部署を作り、鑑定を任されたのが本阿弥家でした。
本阿弥家では今も刀剣の研ぎが受け継がれています。
「砕き地艶」という砥をした跡です。
研ぎをする前後で上品にいかによく引き出すかが本阿彌の砕きです。
さらに、刃文といわれる模様は、研ぎによって見た目が変化します。
本阿彌さん「芸術的感性が培われていくのではないかと思います」

■スタジオで
室町時代の刀剣、備州長船の1千万円以上する価値の高いものをお持ちしました。
兼長(南北朝時代):華やかで刃文が波打つ感じです。
秀助(室町時代):上品で刃文は細やかな模様を宿しています。
・本阿弥雅夫さん「地鉄の色は秋の澄んだ空のごとく青黒く研ぎなさいという言葉があります」
「刃文は松に積もった雪のごとく研ぐと言い伝わっています」
河合先生「母親の妙秀さんの教育方法にあり、ものすごく喜んで褒め、陰でやさしく諭して育てました」

■美術史を変えた!?謎の芸術家

大名達からも一目置かれる存在になります。
中でも前田家からは禄を受けるほど親密な関係になりました。
しかし、1615年58歳の光悦に転機が訪れます。
家康から新たな土地、鷹峯を与えられます。
京都の洛外にある鷹峯は辻斬り追い剥ぎが出るほどの人の住まない土地でした。
・河野元昭さん(東京大学)
「人気が出た場合、為政者としては煙たい存在になる、安定した社会を作ろうとした体よく光悦を追いやったと見ています」

■家康による追放!?天才芸術家の生涯

●鷹峯・光悦寺へ
・山下光昭さん(副住職)
光悦が鷹峯に移り住んだ後に書かれた頃の古地図「光悦町古図」です。
大勢の人の名が書かれています。
蒔絵の職人、筆を作る職人、紙を作る職人など、多くの職人が移り住み、芸術村のようになっていました。
多くが日蓮宗の信者で信仰と芸術が根ざした村だったと言われています。

●古地図を元にCGで再現します。
様々な分野の職人が集結、光悦は一大拠点を作り上げたのです。
河野さん「日本のダ・ヴィンチと呼ばれた、アートディレクターであり自由奔放な人間であった、新しいものを作り出すクリエーションする人間であったと思います」
最晩年に手が震えてしまい、茶碗作りを主にしていたとみられます。
重要文化財「赤楽茶碗 銘 雪峰」割れを金で装飾して強調した作品です。
国宝「白楽茶碗 銘 不二山」白と黒の色彩岩石のような変化に富士山を見出しました。
古い常識にとらわれず、新たな可能性にたどり着いた集大成です。

■スタジオで
不二山の写しをお持ちしました。
河合先生「娘が嫁ぐときに自ら渡した作です」
佐藤所長「時の為政者といえども頭の自由は奪えないと感じました」
琳派と呼ばれ、ジャポニズムの美として西洋美術まで影響を与えました。
光悦の言葉「良い物は昔の物ばかりでこれから先に良い物ができないというのは実に不自由だそんなことはあってはならない」
「本阿弥行状記」

ーーーおわりーーー

次回は「情報戦・日本海海戦」6月21日(水)放送です。

■感想

本阿弥光悦という人の才能がよく分かって面白かったです。
光悦の言葉「良い物は昔の物ばかりでこれから先に良い物ができないというのは実に不自由だそんなことはあってはならない」
これこそ、彼の真髄を表わす言葉でしょう。
過去の栄光というか慣習にとらわれていては道は開けない、と悟ったということでしょう。
芸術というのは、わかった前提で見るのと分からないで見るのでは、見え方が違うというのはありますね。
まさにアハ体験っておもしろです。
教科書にのるにふさわしい人物でした。


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