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“騎士団長殺し”読書感想文6.

“家は山のてっぺんに建っており、南西向きのテラスに出ると、雑木林の間に海が少しばかり見えた。見えるのは洗面器に張った水くらいのサイズの海だ。巨大な太平洋のちっぽけなかけらだ。………        遠くから見るとその海の断片は、くすんだ色合いの鉛の塊みたいにしか見えなかった。なぜそれほど人々が海を見たがるのか、私には理解できなかった。…”

私には海を見たがる人々の気持ちがわかるような気がする。洗面器ほどの海は、まるで茶室の借景のように、とんでもなく深い侘び、幽玄と感じる。くすんだ色合いの鉛の塊は、変化すると、とてつもない内光が琥珀色(アンバー)に暗く赫く。これは寂びだ。でも作者の分身は今、山に抱かれる感性の運命周期にあるのだろう。

このような、ある意味世界の突端のような場所から物語が始まる事により、読者の感性は押し広げられ、人生の中での何か宇宙的な出来事との遭遇を無意識に期待し始める。

あえて作者は光輝く金色の海より、くすんだ色合いの鉛のような、切り取られた海に内光を想像させている。

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