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“騎士団長殺し”読書感想文31. 《unknown creatorのタッチ》

“陽光が窓から静かにスタジオに差し込んでいた。緩やかな風が白いカーテンをときおり揺らせた。部屋には秋の朝の匂いがした。私は山の上に住むようになってから、季節の匂いの変化にとても敏感になっていた。都会の真ん中に住んでいるときには、そんな匂いがあることにほとんど気づきもしなかったのだけれど。

私はスツールに腰掛け、イーゼルに載せた描きかけの免色のポートレイトを、長いあいだ正面から睨んでいた。それがいつもの仕事の始め方だった。自分が昨日おこなった仕事を、今日の新たな目で評価し直すこと。手を動かすのはそのあとでいい。

悪くない、としばらくあとで私は思った。悪くない。私が創りだしたいくつかの色彩が免色の骨格をしっかりと包んでいた。黒い絵の具で立ち上げた彼の骨格は、今ではその色彩の裏側に隠されていた。しかしその骨格が奥に潜んでいることは、私の目にははっきり見えていた。これから私はもう一度その骨格を表面に浮かび上がらせていかなくてはならない。暗示をステートメントに変えていかなくてはならない。”


フルマラソンと日々のランニングで、時間を体内に取り入れ、エンドルフィン化する作業に熟達した村上春樹氏の体験を絵の領域に変換している。すべての芸術、芸能また企画といったものには、人間の個人的表層意識から、うまくチャンネルを変えて、霊的なものからの透明な雪のようなシンボルを手のひらで捕まえる作業が必然だと思う。唐突に、免色のデッサンのイメージとして、unknown creatorによる、アレクサンダー大王のモザイク画が浮かんだ。馬上の大王の精悍な斜め横顔。ビカソやクレーの自由自在のタッチと同じ空気をまとう数百年、数千年の時間をまとうunknown creatorの作品というより技法。人により、免色の肖像デッサンに思い浮かべるイメージは違うことは当然だ。あなたのイメージする作品は何ですか?

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