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エチュード 谷間の人々4.

まったく聞いた事もないような、奇妙な災厄が半年ほど前から、私の人生に侵入し始めた。それは夢から始まった。まず祖母の夢が繰り返し現れた。95歳まで生きた祖母は、働く事そのものが人生の大半をしめ、孫や家族のことを心配する事と家事に日々を費やし、ほんのひと時の煙草を一服するだけが祖母の唯一の時間、そういった人だった。それは強烈なそして静かな夢だった。 まったくの暗黒の世界。月も星も灯火も無い、暗い納屋のような屋内で、祖母が一人で豆がらを打っている。田舎の実家で私がまだ幼年であった頃、冬の寒い朝、井戸端に筵をひいて、母と祖母が収穫した豆を乾燥させたものを木槌で打ち出すのだ。祖母は暗黒の音の無い世界で、黙々と豆の枯れ枝を打っている。それは祖母の人生と心象風景のように思えた。  それに続く夢もまた、何かに見せられているような、鮮明かつ不気味なものだった。大木の鬱蒼と生い茂る太古の森の中で、まだらに落ちてくる陽ざしさす土の上で、祖母が転び、起き上がり、そしてまた転ぶ。                                 第3の夢には祖父が現れた。暗い荒れ果てた崖の縁で祖父が座り続けている。背後に無音の嵐が吹き荒れている。また母が起き上がれなくなっている祖父の頭部を膝に抱えて、祖父の言葉を私に中継ぎしようとしている。                                     第4の夢では、実家の玄関先で、母が何かの、白樺のような若枝を差し上げ、旗のように振っているのだった。母は実家で一人暮らしており、祖父母は世を去って久しい。

(画像は"森PEACE  OF  FOREST"小林廉宜。世界文化社より。)

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