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“騎士団長殺し”読書感想文28. 《超自然は因縁を引き寄せる》

“私と免色は話を中断し、身体の動きを止めて宙に耳を澄ませた。虫たちの声はもう聞こえなかった。一昨日、また昨日とまったく同じように。そしてその深い沈黙の中に、私はあの微かな鈴の音を再び耳にすることができた。それは何度か鳴らされ、不揃いな中断をはさんでまた鳴らされた。私は向かいのソファに座った免色の顔を見やった。そしてその表情から、彼もまた同じ音を聞き取っていることを知った。彼は眉間に深いしわを寄せていた。そして膝の上に置いていた手を僅かに宙に上げ、その鈴の音に合わせて指を小さく動かしていた。それは私の幻聴ではなかったのだ。

二分か三分、その音に真剣な面持ちで耳を澄ませてから、免色はゆっくりソファから立ち上がった。「音のするところに行ってみましょう」と彼は乾いた声で言った。私は懐中電灯を手に取った。彼は玄関から外に出て、ジャガーの中から用意してきた大型の懐中電灯を取りだした。そして我々は七段の階段を上がり、雑木林の中に足を踏み入れた。一昨日ほどではないが、秋の月の光がかなり明るく我々の足もとを照らしてくれた。我々は祠の裏側にまわり、ススキをかき分けるようにして、石の塚の前に出た。そしてもう一度耳を澄ませた。その謎の音は疑いの余地なく、石の隙間から漏れ聞こえてくるようだった。

免色はその石のまわりをゆっくり歩いてまわり、懐中電灯の明かりで石の隙間を注意深く点検した。しかしとくに変わったところは見当たらなかった。苔の生えた古い石が雑然と積み重なっているだけだ。彼は私の顔を見た。月明かりに照らされた免色の顔は、どことなく古代の仮面のように見えた。あるいは私の顔も同じように見えるのだろうか?

「音が聞こえてくるのは、前もこの場所だったのですか?」と彼は声を殺して私に尋ねた。「同じ場所です」と私は言った。「まったく同じ場所です」「この石の下で誰かが、鈴らしきものを鳴らしているみたいに私には聞こえます」と免色は言った。”


超自然的なものごとは、その容易ならない高い密度の凝集力で因縁を引き寄せ、何重にも合わさったエネルギーを吹き出すように示現する。のかもしれない。雨田画伯が持ち込んだ時代の裂け目からの嵐が、“騎士団長殺し”に封印され、抜け殻化した画伯が去ってからも、絵に閉じ込められた強烈な超自然の力が、理不尽な妻の仕打ちで心の一方が壊れたままの“私”や、やはり女性から不自然な形で何かを奪われた免色を引き寄せたとも読める。さらに古代また中世からこの土地に祀られまたは封じられた何ものかを覚醒させた。そのような土地には黄泉平坂や霊道が通り、“顔のない男”や“顔なが”が現れたのだろう。ウイーンからついて来た時代霊に、地霊や産土神が反応し、解決、再調和を計るため、“私”と免色を引き寄せたとも考えられる。

まだ30 代の頃、例によって彫刻家の親友と岡山の熊山遺跡を探訪した時には、急に霧がかかり、雷がなり始めた。山中に祀られた石、岩、遺跡はかなりヤバイものかもしれない。

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