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ヒロキと弘樹はトルナトーレには出会えない

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ニューシネマパラダイスの監督ジュゼッペ・トルナトーレに会いに行く42才になった監督の弘樹。映画の道を歩み始める20代・大学生のヒロキ。時空を超えたクロス・マッチングストーリー。果…
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#映画監督

第43回「イタリア縦断記 その11」目指せニューシネマパラダイス 豪華フェリーの珍道…

ソレントからナポリまでは車で1時間。フェ―リの出発時刻は夜8時だが、車の積み込みなどがあ…

第42回「イタリア縦断記 その10」目指せニューシネマパラダイス 夢の島へはゆっくり…

1992年 弘樹高校2年。 では、シチリアにはいつ、どのように行けばいいんだろう。弘樹は、ぼ…

第41回「イタリア縦断記 その9」目指せニューシネマパラダイス 映画の道

「夢の島シチリア」  シチリアへ行きたい。  あの映画の中に、世界に入ってみたい。  初…

第36回「イタリア縦断記 その4」   ~目指せニューシネマパラダイス~

「邪道と言われても…」   しばらく走るとサービスエリアの表示が見えてきたので、そこで…

二十三回「友よ、我がまちへ来ないか」

ᅥ 二〇一八年春から初夏 ヴェネツィア 「来訪者たち」   時おり友が訪れて来ることがあ…

二十二回 「僕は本で出来ている」

1994年 2月 草加 〇 運ばれた荷物の殆どは本だった。 こうしてみるとよく分かる。僕という人…

十八回 「国際映画祭の内側と外側」

◆2018年3月下旬 ヴェネツィア 「そもそも映画祭とは何なのか」 ヴェネツィアでは、毎年春に短編映画祭が、そして秋に長編の映画祭が行われる。後者の八月末~九月前半に行われる長編映画祭が(誰でも一度は聞いたことがあるはずの)いわゆるヴェネツィア国際映画祭と呼ばれるものだ。こちらは最も古い歴史のある映画祭であり、世界三大映画祭に格付けされている(ビエンナーレという芸術祭のメイン・イベントにあたる)。 僕の一年間のヴェネツィア滞在をなぜ十月スタートに設定したかといえば、この

第十三回 「家族に世界に、何が起きているのかを夜な夜な知る」の巻 中篇

◆二〇一八年 二月 ヴェネツィア 「ヴェネツィアカーニバルを調査せよ」  そういえば二月の…

第九回 「日本映画監督協会から執筆依頼が来た」の巻

◆二〇一七年 十二月 ヴェネツィア 「最後に必ず帳尻を合わすイタリア」  扉というのは急に…

第八回「北の国から恋は始まる!?」

◆一九九三年 大冷夏 獨協  「三強の対決」はいいものだ。僕は昔から三角形というものにも惹…

六 「若き映画監督に捧ぐ」の巻

◆一九九三年 獨協 『拝啓、桜前線がようやく北海道に届く頃だと云うのに釧路は連日霧が立ち…

三、ヴェネツィア 「両国くんの事情」

◆2018年、7月。  「互いにどうしても譲れない一線まで来てしまい、僕からはいったん『…

四、 「すばらしい日々」

◆ 一九九三年、五月。  ユニコーンが新しいシングル「すばらしい日々」をリリースした。半…

序「二つの時代の物語を」

僕は「カントク」と呼ばれている。映画の監督を生業としているから、まあそれは仕方のないことだろうと思う。28歳でデビューしてから43歳までの15年間、出会う人の全てにそう呼ばれていると言っていい。妻の日奈子でさえ「監督さん」と呼ぶし、僕が映画を撮っている所を見たことがない人も、そう呼ぶ。  映画「ふるさとがえり」の制作を岐阜県恵那市で行った時のこと。出会って5年、10年経って、初めて僕がカメラの前で「カット!」と声を張り上げる場面に出くわした人たちが、「カントクって本当に映画