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その偶然と必然のバランスが愛おしくて


学生の頃、足繁く通った場所がある。

お通しや定番のポテトサラダ、その日のおすすめが乗ったカウンターのほかには、6人で座ると結構詰め詰めになる2つのテーブルがあるだけの、小さくて温かいお酒とごはんのお店。

僕より18コ年上だけど、全然そんな風には見えないくらい若々しくて美人で、お茶目なところもある「若葉さん」が、学生のバイトさんと切り盛りしている。


僕の家から徒歩3分で行けてしまうその場所に、週に3回いくこともあるほど通い詰めたのだから、常連と言って差し支えないと思う。お酒が飲めるようになってから、もう丸6年以上はお世話になっていることになる。


ガラス張りの入り口から見える店内は、だいたいいつも満席で賑わっていた。


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開店してすぐ満席になることも多くて、席が空き始める22時ごろに一人でふらっと行くことが多かった。

カウンター席に座って、ご飯を食べ、若葉さんやバイトさんと話す時間が好きだ。誰かと行くにしても、多くて2、3人がいい。やっぱりカウンターが好きなのだ。

大学のすぐそばにあって、徒歩圏内に住む友達がたくさんいたから、お店で偶然会うこともよくあった。「あ、いたんだ」と声をかけ、せっかくならと一緒に飲むことだってある。

僕のように若葉さんやバイトさんとおしゃべりする他の常連さんと、言葉をかわすことも少なくなかった。このお店でしか会わない人だっている。それでも、お店に入った時に「お、久々だね」と言い合ったりする。


初めて会ったおじさんと語り合って飲ませてもらったこともあれば、見知らぬ同じ学部の後輩に、後輩という理由だけで一杯奢ることもあった。


このお店のカウンターに座っていると、思ってもみない偶然の出会いが隣にやってくることがある。それが好きだった。


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僕が学生時代に住んでいたエリアは学生街で、そのお店もエリアの中にある。人の入れ替わりが激しい街。それこそ毎年、大学の卒業生と新入生で人口の4分の1が入れ替わるようなものだ。


だけど、その小さいお店に行くと若葉さんはいつもいてくれる。よく知っているバイトさんもいる。

それは偶然ではなくて、その場の必然。


お店に通うのは、ご飯を食べたりお酒を飲むこともあるけど、やはり人に会いに行っていたのだと思う。

お喋りな僕の話に付き合ってくれる若葉さんに甘えにいっていた。嬉しいことがあった日も、悲しいことがあった日も、ちょっと疲れてしまった日も。

そこにいけば安心できる。そんな場所で、いろんな話をした。なんならお店に通っている間に僕がフラれた女の子のことは、大体知ってるんじゃないだろうか。

学生最後の1年は、サッカーの試合の前日になんだか寝られないことが多くて、少しだけ会いに行った。勝てば、後輩を連れてまた行ったりした。


カウンター越しに、「ねえ、聞いて聞いて」といえる必然があった。


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偶然の出来事、出会い、そういうものがある場所は魅力的だ。変わり映えせずに過ぎていきがちな日常に、軽やかな偶然が色を足してくれる。

ただ、「何が起こるか全くわからない」だと、ドキドキやワクワクはあるかもしれないけれど落ち着かない。日常はきっと、それより少し静かに流れて、でも確かにそこにあるといった感じがいい。


バランスが大事だ。偶然と、必然と。

偶然と必然のバランスが取れていたり、自分が心地いいと思える場に、引き寄せられるのだと思う。


若葉さんがいて、日替わりの「今日のごはん」と卵焼きとまいたけ天がいつも美味しくて、僕は一杯目にシャンディガフを頼んで。

そんな必然がくれる安心感は、カウンターの隣の誰かと出会ったり、「これ食べる?」とポテトサラダやお刺身をおまけしてくれたりという偶然を、じんわりと心地いいものにしてくれるのだ。

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必然と偶然のバランスが作ってくれるそういう雰囲気に惹かれて、場と人が愛おしくて、何度も何度も通ってきた。記憶に残る時間を、心休まる時間をありがとう。


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今年から社会人になって引っ越して、でも車で1時間くらいの距離だから、またそのうち行くだろうと思っていた。

そう思っていた矢先にこの世界的、社会的な状況の煽りを受けて、お店もいったんお休みになった。

そこからお弁当の販売を始めて、そして最近また、あのカウンターで若葉さんの卵焼きが食べられるようになった。少しだけ、少しだけ心配をしたけど、「最近どう?」と聞いたら「やれることをやるしかないよねー!」とカラッとした調子で返ってきた。



この間は、近くに寄ったのでご飯を食べに行った。

すると学生時代によく遭遇したおじさんがカウンターにいて、おじさんと再会を喜んでいると、4年くらい前までバイトをしていたお兄さんがたまたま来た。少しだけ席を少なくしたカウンターで起きた、偶然の再会の、嬉しいダブルパンチだった。


カウンターの向こうから笑顔を見せて、時折ぼくらの会話に入る若葉さんは、いつものようにさっぱりして、そして軽やかだった。


「ご馳走様、また来るね。」
「寄ってくれてありがとね!お仕事、頑張るんだよーっ!」


学生時代に何度もくぐった暖簾の、向こうとこちらで、あの頃とは少し違った言葉を交わして、偶然と必然が同居するどうしようもなく愛おしいその空間に踵を向ける。


また、何度だって行くから。

またそのうち。またそのうちに。


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