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デルタクル開発ノート: 紙のメモ

この記事は、サークル空理計画から2024年4月にリリースしたボードゲーム『デルタクル』のデザイナーノートです。

デルタクルは、魔女っ子×レーシング×セットコレクション!なボードゲームです

本作は、2024年1月に開発に着手し、3月末に完成という濃密なスケジュールで造られました。この期間に、アイデア出し、システムデザイン、アートワークの作成、DTP、印刷といった工程が重なり合いながら詰め込まれています。
そんな中で、この記事ではとくにシステムデザインと、それに近い部分にある範囲のアートワークデザインについて触れていきたいと思います。

紙のメモについて

デルタクルの開発過程は、3つの媒体で管理されていました。

  1. 紙のメモ

  2. クラウド上の開発時系列メモ(テキスト)

  3. 開発版マニュアルの更新履歴

今回は、「1. 紙のメモ」の内容を扱います。

紙のメモは、自作の様式のA5のルーズリーフとバインダーからなる冊子です。
このメモは、媒体として下記の特徴を持ちます。

  • 紙の大きさの制限があります。何ページにも渡る内容となることは稀で、たいてい1ページ1トピックというつもりで使っています。つまり、情報がある程度決まった分量のブロックになっています。

  • ページの並べかえができるため、開発タイトルや、メモのカテゴリでまとめることもあり、必ずしも時系列になっていません。

  • 図を入れたり線を引っ張ったりできます。視覚的な要素に関連する場合、表や計算が必要な場合と思ったときに、このメモ帳を開きます。

  • 罫線や方眼が入っておらず、レイアウトは意図的に整然としていません。注釈や挿入が飛び交う混沌とした紙面になっています。

この記事では、紙のメモのじっさいのページをおおむね時系列に並べて開発の軌跡を追っていきます。
各ページには日付とカテゴリ、見出しがついているので、それを記事の見出しに使います。
たとえば、こんなかんじです:

2024/1/9[運動]「慣性のゲーム」

これは、本作に関する最初のメモです。ここではこのゲームの大きな方向性が打ち出されています。振り返ってみると、幸いにも本作では最後まで大きな方針にブレが生じることはありませんでした。
ただ、はじめは食べ物テーマのゲームでした。テーマというか、昔のデジタルゲームって得点アイテムが世界観と関係なく雑にフルーツとになっていませんでした?つまりそれです。ダンジョン飯を見て「食べ物テーマを混ぜれば受け口が広がる」と気がついたことも背景にあります。
じっさい、「いけそう」という気持ちにならないと開発に踏み出せないことが問題なので、このあたりの動機は客観的に見て薄弱なものでも問題ありません。芯がしっかりしていればいいのです。

メモに「KOBATO」という名前が出てきます。これが本作の芯です。
これがなにかというと、かつて私が作ったデジタルゲームです。

参考:KOBATO(空理回路/2017)

KOBATOは、赤い飛行体を操作して画面内の得点アイテムを集めるという単純なゲームでした。飛行体の動きが擬似的な慣性の法則に従う一方、ゲーム時間が一回の入力ごとに進む(入力がない間は止まっている)ため、アクションゲームとパズルゲームの最小公倍数のようなプレイ感になっています。敵キャラもいて、衝突によるダメージがあります。

また、最初のメモには、最終的にはなくなった要素がいくつか出てきます。

  • 食べ物テーマ

  • コーナリング制御

  • ダメージ

  • 高頻度のクラッシュ(衝突)

特に最後の、高頻度のクラッシュについては開発の最終段階までついて回った課題となりました。衝突の頻度を追い求めないことに決めたのは、ルールの最終調整の最後の判断でした。

2024/1/10[構造, 工作]「魔女になってホウキで飛んで宝石を集めるゲーム」

プロジェクト発足の翌日に食べ物テーマが淘汰されます。
KOBATOのテーマにならい、集めるものが宝石になりました。大前提であるため文字で書かれていませんが、今作は時間との勝負で開発する都合上、「全部を一人でやる」方針でした。つまり、アートも自分で作るということです。私は食べ物を描いたことがなく、いっぽうで宝石はかつて『珠霊祭の夜』で作ったことがあり、その経験が活かせる見込みがあります。つまり、アートで苦しむ要因を排除することも狙いのひとつでした。

当初はボードでなくカードにトラックを書いて、モジュラーボードのように組み合わせを変えられるようにするアイデアでした。これは、『FLY WYZ』が着想源でもあります。
そもそも、魔女っ子レーシングゲームを作ろう(つまり、KOBATOを魔女っ子テーマのボードゲームにしよう)というアイデアは、前回のゲムマ(2023秋)の会場でこの作品の展示を見なければ出てこなかったろうと思います。

ほかにも、チップを使った駒の制御の意思表示というアイデアも初期案の特徴です。そのほうが安く上がるとなぜか思っていたのですが、カードを使ったほうがすべての面でいいということに開発中盤で気が付きます。

2024/1/10[表現]「石畳と岩壁」

テーマが固まってきたと思ったので舞台設定を考えています。
魔女が集まるところ……森?洞窟?マスはなにで表現する?壁はある?ない?といったことが関心事です。

このメモに「ボロノイ図」という単語が登場します。わたしは3DCGをいじることがあり、その中でこの単語に触れました。石鹸の泡や亀の甲羅といった、なにかが密集するときに違いを押しつぶし合ってできる境界線をシミュレートするのに適したアルゴリズムです。石畳をトラックにするなら、人間が勝手にデザインしたというより「自然な」(つまり、力学に基づく法則性のある)形にしたいと考え、この用語をメモしていました。

そしてじっさい、トラックはボロノイ図で作りました。

2024/1/12[配分, 構造]「一周あたりのポップマスの数」, 「ボードにする案」, 「スタート地点とコーナーマス」, 「アイテムマスが充分あれば、コーナーマスは不要」

トラックをカードからボードにする「覚悟」が決まった日です。A5くらいの大きめの箱(当サークル比)になってもいいから、ちょっと立派なゲームにしようと考え出します。

また、コーナリング制御の要素が淘汰されます。

2024/1/15[工作]「3,000円で売りたい」

立派なゲームにしたいという気持ちもありつつ、価格が3000円を超えると要求されるハードルが上がるため、そのラインをどうにか踏み越えないようにしたいと考えます。駒はこの時点でタイル+タイルスタンドという仕様で考えていましたが、製造費用を下げるために紙工作でどうにかできないか検討しています。

当然の前提はメモされないため触れられませんでしたが、最初から駒をキゴマやキューブやポーンでなく「イラストを立てた」形のものにすることは決まっていました。またそれこそがこのゲームの目玉であるということも、ブレることのなかった方針の一つです。

2024/1/21[運動]「特殊アクションの実装」

この時点で荒削りな内容物とルールをつくり、テストプレイにのぞみました。特殊アクションの実装は、その際のフィードバックで得られた提案です。

最初のテストプレイ(@off-box)

「ゲームは基本的に物理法則に従って進む」ということは、「KOBATOの再現」というコンセプトから出てくる副次的なコンセプトでした。一方、そのままだとプレイヤーはゲームを眺めている感覚になってしまう、特殊効果を盛り込むことで、「自分でゲームを動かしている」感覚を与える事ができるのではないかという提案です。
結果的に、これはそのごゲームの開発上の重要な課題の一つに加わりました。

2024/1/22[運動](3)「共通目標の同時解決」, 「目標の意義」

このときセットコレクション要素も最終形と異なり、プレイヤーごとに非公開の個人目標が配られる形になっていました。誰がなんの宝石を狙っているのかは、よくわからない状況でゲームを進めることになります。
ここに明確な競争を設ける、つまり皆に同じ目標を与えることで、あまり関係のなさそうな別の問題を解決しようとしていました。
それが、プレイヤー間の衝突です。

2024/1/22[運動](4)「衝突の頻度を上げる特殊行動」

テストプレイのフィードバックとしてもう一点、「とにかくガンガン衝突したい」という意見がありました。この時点のルールでは、衝突するには同じマスに止まる必要があり、それはなかなか狙ってできることではなく、歯がゆい感じがするものでした。
しかも、衝突すると起きることは、「速度の交換」という本当にストイックな物理シミュレーションにすぎませんでした。(ビリヤードボールの運動を想像してください、それがここで言っていることです)

このメモでは、「ほかプレイヤーを釘付けする」「特殊効果を使うことで」「衝突を起こしやすくし」その結果、「他のプレイヤーのセット構築を妨害する」ことができるようにしようとしています。

2024/1/23[運動](2)「特殊行動:第三眼」, 「個別の開眼能力:もっとめちゃくちゃにするために」

このメモで、「キャラクター固有の能力」について考え始めます。その動機は、ゲームを「もっとめちゃくちゃにする」ためというひどいもの。
しかしこのとき、このゲームはワイワイ遊ぶ感じにしたいという方針だったため、めちゃくちゃなほうが面白かろう、という発想はごく自然なものでした。そして意外にも、この方針はこの後どんどん強化されていきます。

2024/1/27[運動, 配分, 接点, 構造]「自由度の高い速度制御:カード…数字をプレイ」

このメモでようやくプレイヤーの操作にチップを使うのはよくないと気が付きます。手荷物者は手札の方がいい、当然のことですが他に気を取られるとそうした当たり前なことに気が回らなくなる好例です。

2024/1/28[表現, 接点, 構造, 工作]「宝石」, 「制御カード」, 「キャラクター」

視覚的デザインの検討メモを挟んで、ブログ記事としての息継ぎポイントを作ります。長い話になるので、詳しいコメントは別の機会にします。

2024/2/4「衝突の正確なシミュレーション②」

衝突が起こりにくいという問題を、真面目な計算で乗り越えようとした多数のメモが見つかります。それらは結果的に徒労だったため、この1枚だけ日に当てて供養します。

2024/2/5[運動]「失速」, 「速度の維持がしにくい配分」

失速のルールは、じっさい「なんとなく入れた」ものでしたが、結果的にうまく機能しました。

また、このときまで制御カードの上下には異なる絶対値の値が書かれていた(「2加速/1減速」といったかんじ)のですが、揃えたほうがかえってゲームは動きやすいと気が付きました。

2024/2/11「宝石と洞窟」

宝石のデザインを具体化します。青宝石は「木の実」、黄色宝石は「穀物」、赤宝石は「肉」のイメージで、結局食べ物モチーフという当初の方針にうっすら沿ったものになっています。

下に描かれたアカンサスの葉は、時期としてはずっと後のもので、カード裏面のデザインのための練習です。伝統模様のくせにまったく頭にも手にも「入ってこない」デザインをしていて、曲者のモチーフです。

2024/2/25[配分]「気持ちよくする:やりたいこと、できること、やりかたの単純化」

このぐらいの時期になると、開発も大詰めになっています。ゲームのシステム的な気持ちよさについて俯瞰的に整理して対処し始めるのは、このようにかなり遅れてからでした。これは人にもプロジェクトにもよるかと思いますが、私のゲームは最初からある程度楽しいか、最後に頑張って楽しくするかのどちらかで(後者はたいていそれほどうまくいかない)、「ずっと楽しさの調整に工夫をこらし、頭を使う」という経験がありません。

2024/3/13[接点]「カード」

これがカードのデザインの最終形です。視覚デザインはいくらでも回り道できていくらでも時間をかけられるので、どこかで腹をくくって仕上げにかからないと悲しいことになります。

2024/3/22[運動]「移動、とくに衝突処理がごちゃつきすぎている問題の解消」

例外処理、例外処理、例外処理!
メモ帳は、頭がパンクしそうなのを少しずつ空気を抜くためにも使えるツールです。だからこれを後から読む必要はありません。

2024/3/22[運動]「追突処理をシンプルにする」

このゲームで最後に調整したのは追突処理でした。しかもかなり大胆にルールを削ぎ落としてFIXしています。ルールを削ぎ落とした結果、例外処理も削ぎ落とされ、ゲームは完成しました。

2024/4/7[表現]「false collar」

おまけ。黄色のゴッドハンドの衣装デザイン。

2024/3/?[表現]裏面のデザイン

おまけ。カード裏面のデザイン。

むすび

以上、メモ帳をそのまま公開するという、かなり力技なデザイナーノートでした。
この記事だけでは、開発の全容を把握することはできません。
冒頭に挙げた、残り2媒体のメモや、記録写真と、欠けた部分を補い合っているのです。
じっさい今回の開発で、これ以上媒体を増やすことも、減らすことも必要ないとわかったため、やっと記録手法の全体像をつかめたという感じがします。脅かすようなことを書きましたが、逆に言えばそれで全てです。
余力があればそうした記事も書いてみたいと思いますが、本当にやるかは不明です。
ひとまず、ここまでお読みくださりありがとうございました!


おおまけ。この記事のために導入されたADFスキャナ(右手)


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