同僚だったおっさんのこと 2

承前

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ほんとだよ

キャンさんとわたしの関係は、彼のガンの手術が終わる半年前くらいに遡る。当初から、まじめに付き合うのが難しい人物だった。
簡単な例を挙げると、こんな感じ。

 行動の始まりに舌打ちする。
 あんまり頻繁なので、舌打ちって癖ですか?と聞く
「えっ、舌打ちしてました?本当に?(ッチ)おっかしいなあ、全然意識してなかったです」
 わたくし動じずに指摘。
「今この短いパラグラフで舌打ちしましたよ」
「パラグラフって何ですか」

おれ、初日から笑ってはいけない会社生活に突入。

「定期の買い方を教えてください」
わたしの模範回答。
「最寄りの駅の窓口で定期くださいって言ったら売ってくれますよ」
聞くと、今まで30年間自転車通勤だったとのこと。なるほどなあ、そりゃ仕方ないや。仕方ないか?ともかく。
ちょっと待てよ。この人、入社してからもうひと月くらい経ってないか?
「あのう、立ち入ったことを聞きますが、まだ定期買ってないんですか?」
(バツの悪そうな笑顔で指でリングを作り)「コレがないもんで」
「定期券は30回、15日間往復すると元が取れますよ」
(バツの悪そうな笑顔で指でリングを作り)「コレがないもんで」
「そうですか」

そんなことある?

「経費精算、月に二回締で請求するって、15日と末日ですか?」
「そうですよ」
(ッチ)
「今また舌打ちしましたよ」

この人ほんとに舌打ちする

「まさか、まだ定期買ってないんですか」
(バツの悪そうな笑顔で指でリングを作り)「コレがないもんで」
「通勤の交通費は経費精算では落ちないですよ。給与と同時振り込みされてる筈です」
「月末の給料日まで耐えます」

さすがにわたくし、笑ってはいけないの限界値を超えるの巻。

「定期買えないくらい困窮しているとしたら、月末を待たずして会社に来ることが不可能になります」
(何かを検索して)
「あ、本当だ。2週間で元がとれるんですね」
「こないだ言いましたよ」
「タバコ吸ってきます」

なるべく惨たらしい死に方をすればいいのに

 呼吸だけはなんとかできるくらいの穴に半分生き埋めになったりして、なるべく苦しみが長く続く死に方をすればいいのに。
 タバコの火が財布に燃え移って全部焼けて、ああ小銭しか入ってなくて良かった、つって煤けた硬貨を拭いているところに横からダンプが突っ込んでくるような死に方をすればいいのに。

資料を送る約束をしたが、容量がでかくて添付できない様子。
宅ファイル便などは知っている様子だったが、連休前だったので、受け取り期限が過ぎてしまうことに悩んでいる様子。
「ま、いっか、送ったって実績だけあれば」
「今、聞き捨てならないものが聞こえました」

割ときつく言ったけどダメだった。そのまま送って帰った。

 社長から来週の予定について聞かれた舌打ち氏。
「ぼく、メールもらってません。だからわかりません。何も聞かされてないですよ」
「え?そうかなあ、部署全員に送ったはずだけどなあ」
「見てください、もらってないですよ」(ノートPCを持ってきてメーラーを見せる)
「送ったはずだけどなあ、おかしいなあ、じゃあ、もう一度送るよ」
「高橋さん、メール来てますか?」
「まあ、CC漏れじゃないですか?」
「高橋さん、もういい。××さん、来てますか?」
「あてさき、ボクと高橋さんだけになってますね」
「それだ、その言葉が聞きたかった!(ウインクして)」
 再び猛然と社長の席に戻って行き
「社長、やっぱり送ってもらってないですよ、××さんと高橋さんだけに送ったメールが出てきてます(ドヤ顔)」

途中挟んだ「もういい」ってなんだお前

 おいお前、と言うほどでもないレベルの無礼、失礼。
 これが一番害悪になると最近思う。直す機会は、ほぼ永遠に訪れない。たぶんこの人も、これまで誰からも指摘されずにきて、これからもこうやって緩慢に死んでゆくコミュニケーションをとってゆくんだろうなあ、と感じる。

 実はまだ研修中の舌打ち氏。また次にきちんと教えるね、と社長から言われた製品知識を僕に質問に来るの巻。午後八時半、僕が帰ろうとしているところを呼び止めて。
一応、質問されたことだけは説明したけれど、概要をわかってないのでやはりピンときてない様子。
「社長がまた機会を改めて教えるっていってるんだから、その機会にちゃんと丁寧に教わったほうがいいと思いますよ」
「でもここ、この数字おかしくないですか?」
「質問の返事としては、おかしくない、です。妥当です」
「おかしいと思うんだよなあ」
「なにか、今晩中に急いで知らなきゃならない事情がありますか?」
「いや、そういうわけじゃないです」
「ではまた明日」

イライラしていたとはいえ、大人気なかったなあと反省したわたくし

 もしかしたらこの人、社長や他の人には質問しにくかったり、望む答えが返ってこなかったりして困って僕に質問しに来たのかもしれない。もしそうだとしたら悪いことしたなあ。
で、翌日。

「昨日はごめんなさいね。急いでいたもので。で、帰りながら考えたんですけど、社長とかに質問してもよくわからない返事が返ってくるとか、聞きにくいとか、こまってることありますか?もしそういう事情で聞いてきたなら、ちょっと冷たくしちゃったなあ、と思って」
「全然ないです。そんなこと心配することないですよ。別に誰に聞いても良かったんだけど、たまたまそこに高橋さんがいて、この人なら知ってそうだなって思ったから聞いただけです。ぼく、気になったことはその場で解決しないと気が済まない質なんです」
その晩、わたくしは浮き輪をドンキホーテで買って帰ったという。心狭いな。

浮き輪を買う、のスラングの出典はこちら

キャンさんは、年下であれば先輩社員であろうとタメ口という相変わらずのスタンス。
訪問件数を稼ぐため、といって手当たり次第に飛び込んでろくに説明もせず、名刺交換すらせず、資料とサンプルをとにかく押しつけてくるという営業ツアーをしているのを僕は知っている。
三ヶ月それを続けて客先から一件の返事もないのを、「ぼくの表情とか人柄がよくないのかなあ」と口に出し、反省しているように見せかけて、まったくそんなことはないと信じ切っているのも、僕は知っている。
同行営業したとき相手の会社のヒヤリングも一切しないでドサドサパンフレットだけ積んで帰ったので、いっぺん注意したら「いいんですよ、高橋さん、営業というものは、こういうもんなんです」って肩掴まれたしな。

続く

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