同僚だったおっさんのこと 9
承前
交通事故に遭ったキャンさん、無事に生還してる。
シリーズ。キャンさん。
こないだ二人きりになって、間が持たないのでちょっと話してみた。
「キャンさん、まだ車乗っちゃダメって言われてるんですか」
「!!」
キャンさん、以前交差点でタンクローリーに後ろからファックされ、信号機一台と営業車一台をめちょめちょに壊している。
そんなキャンさんの目が輝いた。
「あれね、ボクは悪くないんですよ!ほんとに」
開口一番パンチの効いたセリフが飛び出す。
「だって、保険屋がひゃくゼロって言ったんですよ。あの、お金を払うことをとにかく嫌がる保険屋が」
「でもキャンさん、交差点で急ブレーキ踏んだのキャンさんでしょ」
突っ込むと一瞬、ぐむ、と黙る。この人、素直なんだからアレなんだかわからないところがあるな。
「だけど、日本の法律上、追突した方が悪いんですよ。前の車が急ブレーキしたとしても十分止まれるだけの車間距離空けなきゃいかないって決まってるんスから!」
自分の潔白を論じるキャンさんの声には熱が入る。僕はまあまあ引いてる。二人しかいないから逃げるとこない。
「しかも、保険屋がキャンさん悪くないって太鼓判押してくれてるんですから。ボク悪くないんス。百パーセント被害者なんですよ」
「なるほどねえ」
「そうなんスよ」
なんの話だったっけか。
「そうだ。車運転の許可は、会社からはまだ降りてないんですか?」
「でも、上司さんはそこんとこわかってくれないんスよ。ボクが危ない運転するって思い込んじゃってるから聞く耳がないんだ」
「あー、キャンさん、今の話ね、上司さんにはぜったい」
言わない方がいいよ、って言おうとしたのにかぶせてキャンさんは腕組みをした。
「上司さんには何回も説明してるんですけどねぇ、ボクは悪くないって」
「言っちゃったんですか」
心動かされてもあんまり表情が変わらないのは、僕の美徳だとほんと思う。
「で、上司さん、なんて言ってましたか」
「『社長がなあ、ダメって聞かへんねん』の一点張りですよ」
「ああ、なるほど」
なんて力強いオブラートなんだ。
「キャンさん、その話、上司さん飛び越えて社長にはぜったい」
「高橋さん」
言わない方がいいよ、って言おうとしたのにかぶせてキャンさんは首を振った。
「いくらボクでも、それくらいの分別はありますよ」
なに、なにこの敗北感。
ああ、ああ、キャンさん。
僕があなたを殺そうとしたのは、三年前の今日だったんだね。(現時点では正確にはもっと昔)
でもあなたはもう居ない。
全ての部署から「要らない」と言われて行き場のなかったあなたを、うちで面倒みましょう、と拾ってくれたCさんに後足で砂をかけるように、「転職先が見つかったから」と辞意を表明してから4日くらいであなたはもう居ない。
サンフランシスコは朝の四時。
あなたのいる亀戸はもしかして夜。
キャンさん、キャンさん。
数々の伝説を残したあなたはもう居ない。
おわり。
(なんか思い出したら書くかもです)
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