ハニカムウォーカー、また夜を往く(ボイスドラマ版)パート10
二週間前、この宮廷で少年騎士が殺された。
もちろん、君も知らない事件じゃないだろ。
中庭に面した回廊の隅で、まだ14歳の子供が殺されていた。おそらく現場はそこじゃない。どこか別の場所で殺されて、そして中庭に運ばれてきた。見つけたのはわたしじゃない。だけど、現場は見た。
犯人はまだ捕まっていない。誰かも分からない。その子は、わたしの知る限り真面目なのが取り柄だったし、宮廷の中では新顔だったはずだ。貧民の出身だし、怨恨や嫉妬からやられるような身分でもない。ただただ、責任感が強い子だった。
この国の大半の連中が、自分のことは自分で片付けるのをマナーにしているのは知ってる。でもそれは、自分で尻を拭けないことには関わらないってのとセットであるべきなんだ。自分の手に負えないことを、好んで背追い込むなんてのはセットにすることじゃない。騎士だって、死ぬのは仕事じゃないはずだ。絶対に殺されるって分かってる相手に挑むのは騎士道精神なんかじゃない。自殺だ。
わたしは知っている。
あの子は、何かに挑んで、やられた。傷を見れば分かる。
わたしはね、後悔しているんだよ。
あの子が、騎士を目指すって言った時に、もっとキツめに諭して思いとどまらせておくべきだった、って。
ああ、ああ。
なんのことだか分からないよね。ごめんよ、少し話が先走ってしまった。順を追って説明しようか。
殺された子はね、わたしの知り合いの兄弟なんだ。
この国に来たばっかりで、わりと荒んでた頃のわたしによくしてくれた子のお兄ちゃんでね。彼らのために一度、憂さ晴らしに揉め事を解決してやったのを覚えている。わたしにできるのは、掃除、殺し、そんなところだから、つまり、その子たちの敵になるであろうヤクザ者を、八つ当たりを兼ねて何人か殺してやっただけなんだけどさ。
当時、わたしは、あの子たちに見られないように仕事をした。子供が知るべきではないと思ったんだ。殺しは汚れ仕事だという自覚くらいはあるよ。嫌われたくなかったというのも、正直ある。
何より、ヤクザたちはあの子たちの貯めた金を奪おうと計画していただけで、実行に移してはいなかった。正当防衛とは言えない状況だったしね。
まだ子供のくせに、騎士試験に受かるような子だよ。真面目な、いい子だった。彼らに知られたら、殺さない解決法だってあるんじゃないかとか言い出すに決まってると思ったんだ。
一方わたしはヤクザ者がどんな連中だかは知ってる。関わってしまったら殺すしかないようなやつも、世の中には居る。
さっき話した喩えと同じさ。
わたしは、まだ起きていない罪を防ぐために、ヤクザ者を何人か殺した。結果、そこの長兄は追い剥ぎに遭うことなく騎士試験の試験料を支払い、晴れて試験に合格して、騎士となって宮勤めだ。
そして、2年もしないうちに宮廷で殺されてしまった。
わたしがやったことは、あらゆる意味で彼らのためにならなかったのかもしれない。わたしがヤクザを放っておきさえしたら、奴らは兄弟から試験料を巻き上げ、彼は騎士にはなれなかった。そりゃ一時期は辛い思いをしたかもしれないけれど、少なくとも痛めつけられ、金を取られるだけで済んだ。
彼が死ななかった未来があったのかもしれない。
わたしはさ……実は、リィンお嬢様なんて割とどうでもいいんだ。あの子の、ヴァレイを殺した犯人を殺してやらないと気が済まないんだよ。
ああそうさ。これは正義感ではない。ただの、そうさ。
八つ当たりなのさ。
「ハニカムウォーカー、また夜を往く」より
定期的に更新してます。先週はうっかり更新し忘れてしまいました。
全11回です。最終回直前スペシャル。ようやく、掃除屋がふざけるのをやめたシーンです。この部分、確かリテイクをお願いしてすごくいい感じになった記憶があります。リテイク前のも捨てがたかったのですが、いろいろ考えてこちらにしました。
次回でオーディオブック版は終わってしまい、本文の第二章「緊張と緩和」に続くのですが、続きも声で聴きたいような気持でいます。地の文が出てくるので実現は難しいですけどね。
まとめて全部聴くと、かなりいいということを再認識したので、まとめてDL、ライブラリに入れておきたいというかたはこちら!
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