ハードウェアの仕様は、提供したい体験と価値から逆算して決める
ハードウェア・スタートアップにとって、製品の仕様を決めることは非常に重要です。
オンラインで修正を反映できるウェブサービスやソフトウェアと異なり、ハードウェアは不具合が生じた場合には個別に修理する必要があります。また、致命的な欠陥が出荷した製品の大半に存在していることが発覚した場合には、リコールという形で製品を回収必要があり、莫大な費用が発生します。
IoTが当たり前になった今では、ハードウェアとソフトウェアやクラウドでの役割分担も仕様決めに深く関わります。ソフトウェアエンジニアやサーバーエンジニアも無関係でいられません。
スタートアップは、どのようにして仕様は決めるべきなのか。HAX Tokyoでスタートアップをメンタリングする岡島康憲氏と市村慶信氏にシード期のハードウェア・スタートアップが知っておきたい「仕様の決め方」について伺いました。
仕様は足し算では決まらない
ハードウェアの仕様は「自分たちが理想とするものを単純にスペックに落とし込めばいい」というものではありません。
手始めに1個から数個程度の試作品を作り、ユーザーテストや検証を重ねた上で大まかな製品の仕様を決めるという流れが一般的です。ただし、事業としてハードウェアを安定的に製造し、ユーザーに中長期的に利用してもらうためには、以下の2つを計画に織り込む必要があります。
・誰に対してどのような価値を提供するか
・どれくらいの規模と品質で製造し、どのように売るか
ここで重要なのは、
「こういう技術を活用し、ユーザーに○○という価値が提供できる」
という製品や技術中心の考え方ではなく、
「○○という価値を提供するために、こういう技術を活用する」
といった、提供価値を中心にした考え方である点です。
イメージしやすいよう、ウェアラブルデバイスの製造を例に考えてみましょう。
HAXが過去に投資したウェアラブルデバイス・スタートアップ「feel」
開発したいウェアラブルデバイスは、日中は常時装着していることを前提に、センサーを搭載したデバイスを通じて収集した情報をクラウドに送信し、その結果を解析して何かしらの形でユーザーにフィードバックすることを想定しています。
こういったデバイスを量産する際、こういった仕様にしたいというリクエストがスタートアップから挙がることがあります。
・装着しやすいよう、ハードウェアの形は極力薄くて小さくしたい
・1週間充電無しで装用できるようにしたい
サイズを重視すればバッテリーを小さくする必要があるので、1週間連続で使用できないので、工場との打ち合わせの際に「どちらかを妥協してください」と言われるわけです。
サイズとバッテリーだけではありません。データの処理はハードウェアとクラウドで、どの程度分担するのかといった問題もウェラブルデバイスにはつきものです。
クラウド側で全て処理するのであれば、ハードウェアの負担は軽くなり、小型化しやすいという利点があります。他方でデータをクラウドに送信し、処理したものを再びハードウェアに送るというプロセスにおいて、データ通信量が大きくなり、ユーザーへのフィードバックが遅くなるという懸念もあります。
ウェアラブルデバイスに限らず、あらゆるハードウェアにおいて、「両方の条件を満たせない仕様」は存在します。
ここで、仕様を決める際に重要なのは、「ユーザーに提供したい体験や価値は何なのかを判断基準にする」ことです。
ユーザーに価値を提供するためにはサイズを重視するのであれば、1日おきに充電することを織り込む必要があるでしょう。また、ソフトウェア側も即時のフィードバックが必要でなければ、ハードウェアに接続しているスマホやクラウドへの通信頻度を減らしたり、センサーが動作する頻度を落したりすることで、バッテリーの負荷を下げると言った工夫もできます。仕様決めはハードウェアだけの話ではないのです。
ウェアラブルデバイスに限らず、ハードウェアに物理的な制約がある以上、足し算では決められません。むしろユーザーに提供する価値や体験から考えたときに、絶対に外せない要件と、譲れる要件を精査する必要があります。
仕様に沿って加工条件や部品選定をする際には、工場やEMS(設計・製造を専門に受託する企業)との打ち合わせが欠かせません。工場やEMSを選ぶ際のポイントや、量産のボリュームやタイミングの決め方については次回以降で紹介します。
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(取材・文:越智岳人)