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2023年5月の歌  題「無」


ハナミズキ

義母逝きて無人となりし屋敷より捨てし品々思い出残し   
満開の桜の散りし街路樹は主役代わりてハナミズキ咲く   
山下ふみ子

焼き立てのクッキー見るや「コーヒー」と無口の夫(つま)は注文しくる香りよき風に吹かれて乱れ髪太陽に梳けば光もれ来る
楽満眞美

今月も何事も無く日本(さと)の母とハワイの義母よ健やかであれ 
十年間通勤仲間のプリウスと鼻歌ため息いつも一緒に 
六甲もこ

理由(わけ)も無く猫に会うたびに喜びて姫の尻尾は忙しくなる 
荷を搬び匂い残れる娘(こ)の部屋に孫と遊んだパズルのひとかけ 
伊藤美枝子

お互いの命が今日もあることを確かめ合える電話の温もり
愛着の形あるもの己が辞書来たる旅立ちの伴侶とならむ
今森貞雄

無表情に座る男は「空腹」の札を掲げて雨に濡れおり    
突き刺さる五月の日差しに耐えながら山は緑を纏(まと)い輝く   
鵜川登旨

犬の毛を引っぱり絵本の角をなめ無垢から無邪気へ変わる五ヶ月
この春は日本へ行けぬ吾のために桔梗を買ひて朝夕愛でる 
大室やよい

前だけ見て無我の夢中に来し日々を八十路に入りて振り返りおり 
焦点の合わない目故に暗譜してお琴の会に『花は咲く』弾く
岡まなみ

生きるのに無駄なことなどあるまじや来し方はみな私の知恵に
夕づく陽並ぶ翼にまっすぐに巨大空港の半日が終わる
小野貴子

無から無へ帰る短かき我が命今日爛漫の桜眺める    
亡くなりし友を思えば無情なるさだめかとまた涙する   
小島夢子

ハンカチの木なんじゃもんじゃも咲き終わり上水の花すでに水無月
枇杷の葉の緑深まり友は言ふ「枇杷酒にしてあげるからね」と
近藤秀子

左近の桜右近の橘

千年の歩みとどむや京御所の左近の桜右近の橘  
桜花川面うずめて流れゆく花の錦か京哲学の道  
柴田和子

無人駅旅人ひとり降り立ちてゴトンゴトンと列車は消える
無花果よ枝を広げて陽を浴びて甘き香りで鳥を誘(いざな)う
関本なつ

無心にて心静めて無にかえる本心かえるありのままにて
こんなにもしあわせ世界くるなんて毎日うれしこんなに楽し
田中えり

勇壮な大仏殿のその陰に無名の民の血と汗滲めり
グルテンの摂れない友に京の女(ひと)の心尽くしの鍋の嬉しき
筒井みさ子

人の声鳥の声さえなき森に五月の空は無声の風吹く 
黄の色になだりを染めてコナの道ころもを替えて夏はあふれる 
原 葉

無農薬で母の育てたふぞろいの苺は程よい甘味と酸味
里からの電話の向こうにウグイスの声高らかに春は爛漫
藤代敏江

この秋の四年振りなる再会は我が四人姉妹の温泉旅行      
四人姉妹上が卒寿で下が喜寿元気で迎える祝い年なり      
三浦アンナ

無意識に手から離れし鍵スマホ探し物する時間増えゆく      
黄緑のメッシュ際立たせ春の山は日ごと装い鮮やかになりぬ     
森田郁代


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