当事他者探Qその4

 前回の「共同存在」について述べた際、「現存在と他者」を「当事者と当事他者」に置き換えました。それはいわば「現存在」は「当事者」であると言っているようなものです。しかしそれはあながち外れていないのではないかと思います。

 「現存在」という言葉を、前回はとりあえず人間の意味で使いましたが、実際にそれが言わんとするのは、存在を問う人です。存在といっても、あまりにも漠然としています。存在を問う人にとってまず存在するのは、問う人自身すなわち「この私」であり、「この私」を問うことを通じて、存在を問うことになります。

 「この私」を問うことは、「この私」に纏わる事象を問うことになります。それはつまり、「この私」が体験した出来事を問うことです。しかしそもそも、なぜ体験した出来事を問うのかといえば、その出来事を受け止めてしまっている、正確に言えば、出来事の不確かさを受け止めているからです。いったいぜんたいなんなんだ⁉︎なんなんだこれは⁉︎という出来事を受け止めるからこそ、問いは始まり、問うことを通じて、見えなかったことを見えるようにしようとします。つまり「現存在」は、出来事の不確かさに向き合って問う者、いわば「問事者」です。

参考文献:
景山洋平著『「問い」から始まる哲学入門』(光文社新書、2021)

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