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自然界

 この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
 世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらもよりかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
 きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないのかもしれない。

 でも、外に立つ世界とは別に、きみのなかにも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
 大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
 たとえば星を見るとかして。

 二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過すのはずっと楽になる。心の力をよけないなことに使う必要がなくなる。
 水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
 星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があがるだろう。
 星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。

私が好きな小説、池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』の冒頭より。

私は自然が好きだ。そして自然との調和を考えていることが多い。


空を眺めて過ごす日々

コロナ禍で家にいる時間が増えてから、ぼーっと庭を眺めている時間が増えた。デジタルに嫌気がさして車窓を眺めるようになってから、物思いに耽る時間が増えた。

空を眺めるのが好きで、明け方の白い空も好きだし、日の出前の白と青とオレンジの空、ピンクと紫と水色の空、夕方の青とオレンジとグレーの空も好きだ。色彩のグラデーションにはいつも感嘆する。

空を眺める中でも月なんかは特に好きで、お気に入りは白い月だ。また太陽は見ていると力が貰えるから、2020の完全自粛の年なんかには、冬場の窓辺で日の光を浴びながら地球から最も近い太陽系唯一の眩しい恒星をよく眺めていた。

お日様ってすごいなぁ。

でも月よりも圧倒的によく目にするのは雲で、あぁ雲ってやっぱりモクモクしてるなぁとか、空高くまで登ったら採れるのかなぁと考えていたことを思い出す。

人口雲を作るには

そんなことをぼちぼちと考えながら、今ここに自分の真上に雲を人工的に作るとしたらどうすれば良いのだろうと考えていた。(個人的にわりと長めな期間に渡って考えていたネタである。)

グーグル先生に聞かずに、真偽関係なく自由奔放に考えるのが面白い。思考過程が、思考の軌跡が面白い。考えることが遊戯ですのでマジレスは御免くださいまし。

最初に考えたのは雲はある意味水蒸気の集合体だから大量の水蒸気を空中に放出させる機械を作ろうと思った。地面から空に向かって上に吹き上げる感じ。それを空の一定の場所に密集させれば、あとは水が冷えて固まるから雲の粒たくさん出来るのかなと。

ここであぁ、空に水蒸気を登らせるのなら、やはり気体として飛ばさなきゃだから、気体は流動性高いから狙ったところに発射する感じの作戦は難しいなぁ、と最初の機械の時点で実験の雲行きが怪しいことに気づく。

それに仮にそれに成功したとしても、あれ、気体が冷えて固まって、液体が固体になったら、あれ、みぞれとして落ちてきてしまうんじゃないか。あれ、雲の粒って何だ。知識暗記の義務教育じゃバツだけれども、この思考の世界では分からないことが分かるのがはなまるなんだ。無知の知は知でしょう?

仮に目に見えない水蒸気が冷えて密集しているから白っぽく見えるようになって、水の温度が高すぎたらやはり溶けてしまうから、そのまま下へ液体が垂れる。あぁ雨が降るなぁ。

巨大循環器としての地球

雨が降って、雨水が地上や川や海に降り注いで、また山に降ったら森林の生命の水として貯蓄されて、土砂崩れのような災害を招くときもあるけれど、人間にとっても生命の水として大いにその恩恵を受けている。

人間は自らの力で水を作ることは出来ないから、人間は0から1を生み出すのではなく、1から別の数字に変えて使っている存在にしかすぎない。自然界からしたらちっぽけな存在にしかすぎないんだなぁ。偉そうにしちゃ駄目だね。

中高の国語科の授業でさ、よく自然ネタとして西洋と東洋比較があって、西洋は自然を淘汰してきた、東洋は自然を畏敬してきた、のような主張を私はよく見てきたのだけれども、自然はやっぱり調和してなんぼだと私は思うんだ。

雨に恐怖を感じた夜

いつのことだったか、去年の夏前だった気がするが、夜雨が降っていたんだ。別に雨が降るくらい対したことではないじゃんか、雨が降る夜は数え切れないくらいあった。

目を閉じていて、ザアザアと鳴る雨音を聞いて、この世界には、この布団周辺の空間には私独りっきりしかいないように感じたんだ。私と雨だけがそこにいたんだ。

布団の端っこをきゅっと握ってじっとしていた。それが精一杯だった。私の脳裏をかすめたのはパスタだった。茹で上がる前のあの硬いパスタが私を刺してくるイメージ。

自然への畏怖。

そしてザアザアと鳴り響く自然の吐息を聞きながら私の息はすぅすぅと夜の闇に溶けていった。

東京でも雪が降った

いつぶりの雪だろう。最後に降ったのは高校生のときだった気がするから数年ぶりの雪だった。降水確率は50%。うーん、決して高くはないんだよなぁ。雪降るかもと言われていたけれどまさか降らないだろうと大学へ。

研究室から白いものが舞っていた。ビル風により視界に入る限りだけでもかなり白い何かが空中を激しく動き回っている。

雪だ。

お昼にはもう振り始めていて傘を持ってこなかった自分は馬鹿だなぁと思いながらフードを被った。朝とても寒かったからいつも来ているトレンチコートからダウンにして正解だった。

18時になって研究室勤務も終わって外に出たらびっくり。雪だるま作れそうなくらい、雪が積もっているじゃないか。まさかここまで降るとは。

家に帰ったら雪かきをして母と雪だるまを作った。私は雪うさぎと前方後円墳作った。勉強ももちろん大切だけれども、遊びも大事だ。何歳になっても少年心は忘れないでいたいね。大人には誰でもなれるけれど、子どもには誰でもなれる訳じゃないから。


 見えないガラスの糸が空の上から海の底まで何億本も伸びていて、雪は一片ずつその糸を伝って降りて行く。身体全体の骨と関節が硬化して、筋肉が冷えたが、我慢した。岩になるためには動いてはいけない。

 音もなく限りなく降ってくる雪を見ているうちに、雪が降ってくるのではなくいことに気付いた。その知覚は一瞬にしてぼくの意識を捉えた。目の前の前で何かが輝いたように、ぼくははっとした。

 雪が降るのではない。雪片に満たされた宇宙を、ぼくを乗せたこの世界の方が上へ上へと昇っているのだ。静かに、滑らかに、着実に、世界は上昇を続けていた。ぼくはその世界の真中に置かれた岩に坐っていた。岩が昇り、海の全部が、厖大な量の水のすべてが、波一つ立てずに昇り、それを見るぼくが昇っている。雪はその限りない上昇の指標でしかなかった。

 どれだけの距離を昇ればどんなところに行き着くのか、雪が空気中にあふれている限り昇り続けられるのか、軽い雪の一片ずつに世界を静かに引き上げる機能があるのか。半ば岩になったぼくにはわからなかった。ただ、ゆっくりと、ひたひたと、世界は昇っていった。海は少しでも余計に昇ればそれだけ多くの雪片を溶かし込めると信じて、上へ上へ背伸びをしていた。ぼくはじっと動かず、ずいぶん長い時間それを見ていた。

スティル・ライフ、P.31-32より。

この世界にはまだ私が知らないこと、知覚出来ていないことがあまりにも多すぎる。それは自然界にたくさんあるだろう。鉱物、資源、樹木、水源、海、川、太陽、月、宇宙こういったものを考えているとき、どこか別世界に居るようなそんな感覚がする。この感覚が別世界があることを示している。

世界は私が見ている世界だけではない。目に見えるもの、音として聞こえるもの、手で触れることができるもの、知識として科学やテクノロジーで積み重なったもの、それだけに留まらずもっとミクロで壮大で重層的な世界が広がっている。私はそうだと思う。

そういった世界と調和することは決して容易ではない。自分が知覚できないことを知覚しようとする人間の一つの試みだから。しかし不可能だとは思わない。偶然だとしても、自然に感動したり畏怖を覚えることがあるから。その時は自然と、別の世界に調和している。

車輪の跡。二本の道。

やっぱり、私の世界とまた別の世界は存在する。人間の知覚を超えた世界が同時に永遠に運行されている。それは雨水が地球を循環するような一つの法則として存在している。

並行に続くタイヤの後が決して交わらぬように、この世界とその世界は交わりえない。だから自分からその世界へ歩み寄る必要がある。それは難しいことじゃない。なぜなら人間本能としての知覚が何かあると感じていることが出来るから。

太陽の光を見たときにすっと涙が出る、この理由を科学やテクノロジーで説明できると思うか?

ただその営みを意識的に行おうとするとき時に自分の常識や居心地の良さ、世の中の知識といったしがらみによって、それらが足枷となって難しい時がある。自然は恵みを与えるが惨禍を招く側面も存在する。

それでも諦めちゃいけないと思うんだ。自然と人間は調和出来ると思う。人間が自然に歩み寄る努力をするんだ。知覚出来ないものを人間が知覚しようとしてこそ、自然の声が聞こえより良く生きれると私は思うんだ。

だから、自然万物に目を凝らし、自然との調和をよく私は考えている。

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