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自動販売機

 新月の夜、帰り道を歩いていると遠くに明るい光が見えた。やがて向こう側から近づいてきたそれは、自動販売機だった。

「オシゴト オツカレサマデス」

録音されている女性の声で挨拶をされる。そして

ピン ポン

という音をだして何かを排出した。勢いが強いのか商品の取り出し口を越えてペットボトルが地面に転がる。

「オカネヲイレテクダサイ」

そう言われたものの何が何だか分からない。するとまた同じ音声が繰り返された。

「オカネヲイレテクダサイ」

試しに右足のポケットから財布を出してお茶代を入れてみる。

「アリガトウゴザイマシタ」

自動販売機はそう言って反転し、もと来た道を戻って行った。ペットボトルを拾って頬に当ててみると確かに冷たかった。

 次の日の朝刊に路上で重体の男性が倒れていたという記事が載っていた。彼の証言は、いきなり自動販売機に襲われたという、頭の打撲が心配されるような内容だったが、同じような記事が連日報道されるようになる。すると今度は自動販売機に会ったがお金を払えば助かったという噂があちこちで聞かれるようになり、一種の都市伝説として世間では騒がれた。

 その一方で被害者が出ている現状を大きくみた警察は本格的な捜査を開始した。しかし例の自動販売機は、昼間になると他の自動販売機にまぎれて擬態しているらしく、見つけ出すことは難航した。住民に聞き込み調査を行うも、角を一つ曲がればあるような自動販売機の位置と数を正確に覚えている者など誰もいない。

 またしても新月の夜だった。帰り道、視界の奥には一か月前に見たぼんやりとした光が映る。とっさに右足のポケットから財布を取り出そうとした。しかし期待していた感触がそこにはなかった。いつ、どこで財布を落としたのか、昼食を買った時は確かにあった。そんな考えで埋め尽くされた頭の中に、録音された女性の声が入って来る。

「オシゴト オツカレサマデス」

 持っていた荷物を自動販売機に向かって投げつけ、振り向いて全力で走った。そしてこちらを見失った一瞬の隙に公園のトイレに逃げ込み、個室に隠れて声を押し殺す。

ブーーーーーーン 

トイレに冷却装置の音が響き渡る。ドア越しに聞こえるその音は確かにそれが稼働している証拠だった。

ピッ ピッ ピッ 

個室の前まで来たそれからボタンを押すような音が聞こえる。

ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ ピッ

 なにやら様子がおかしいようだった。思い切って個室のドアを開けてみたが自動販売機からは相変わらず、ピッ、ピッ、ピッとボタンを押す音が繰り返されるだけで、何も出てこない。

 商品のボタンには全て「売り切れ」と赤い文字で表示されていた。

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