見出し画像

利き風鈴

  夏の暮れ、秋の気配が近づいていた。林のそばの日本家屋には蝉の喧騒が響いている。
 陽は夜へと落ちていたが、畳の上に正座する少女二人は、熱心な様子で稽古に励んでいた。
 二人の師匠である婦人が、手に持った風鈴を揺らすと「はい」と凛々しく年長の子が、挙手をした。
「風の音です。夕立の後の」
 彼女達が学んでいるのは「利き風鈴」。鈴に込められた季節の音色を聴いて何の音かを当てる競技だ。
「本当にそれだけかしら?もっと耳を傾けてごらんなさい」
 師の言葉に、口を閉ざしていた少女の方が、はたと何かに気が付いて呟く。
「騒がしいほどの蝉時雨」 
 夏の終わりのこの時期は日暮や寒蟬の出番のはずだ。微笑む婦人が軒下に飾っていた風鈴を一つ手に取ると、途端に辺りは静寂に包まれた。
「正解ですか」そう詰め寄る教え子達に向かって師匠はシッと口元に指をあてる。
 ドンという低い音が遠くから聞こえた。縁側から夏空を見上げると、そこには満天の花丸が咲いていた。

最後まで読んでくれてありがとうございます