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感情抑制のキャパシティー

母の不安障害が悪化している。

もともと病で寝込むことが多い人だ。だけれども、ここ半年と少しは、あまりにもひどい状態が続いていた。三カ月近く寝込み、一月くらい元気になる。しかしまた、三カ月ほど寝込む。そんなことを繰り返している。

先日、あまりにも寝れないので、いつもより強い睡眠薬を処方してもらったらしい。それを飲んだ母は、電池が切れた人形のように眠りこけた。

昨夜遅く、布団の中でうつらうつらしていると、重いものを落としたような、どすん、という音とともに家が揺れた。

なにごとか、と、音の原因に思いを巡らす。隣室の母の部屋からだった。
薬の効きすぎで夕飯すら食さず寝こけていた母が、ベットから落ちていた。あたまを打ったようにみえるが、本人は気にした風でなくへらへらとしている。普段、思い悩みすぎて生きる希望を失った顔をしているのに、こんなに陽気なのは明らかにおかしい。

どうやら、歯を磨きたいらしいという旨のろれつの回らない言葉をなんとか聞き取り、洗面所から歯ブラシと歯磨き粉を持ってきた。座る事すらままならなくて、床にぐでんと寝転がりながら、しゃこしゃこと歯を磨く母をみながら、心がふさぎ込んでいくのを感じた。

そのあと、ふらつく母を介護して、洗面所で口をすすぎ、ベットへと戻した。しかしものの十分もしないで、ふたたびベットから母が落ちる音がした。

ああ、なんでこんなことになっているのだろう。
母の病を、私はどうしたらいいんだろう。

再び母をベットに戻しながら、感情の処理に困っていた。

  〇

今朝、弟が母を病院へと連れて行った。薬を代えてもらったらしい。

でも、まだ薬が抜けきっていないようで、ふわふわとしている。

なんとか夕飯を食べた母は、「体中が痛い」と言っていた。そりゃ、あれだけ転べばな。というほかない。

薬袋をとりだして、ひとりでもごもご言いながら飲む薬を取り出していた。しかし、いつまでたっても薬を取り出さず、いくつもの袋を見ては机に置き、また見る、を繰り返している。

どうやら、飲む薬がわからないらしい。

処方箋を母から預かって、どれを飲むべきかをより分けていく。

朝、カプセル二錠、薬二錠。
昼、薬二錠。
就寝前、薬二錠に睡眠薬三錠。

間違いだらけのメモ書きを、スマホを片手に薬の名前を確かめながら、母の記憶と照合していく。

この人は、どれだけ薬を飲んでいるのだろう。

はずかしながら、私は母の飲んでいる薬の量も種類も、知らなかった。
まだ五〇台だから、子供が口だすようなことはないと、勝手に思っていた。

もしかしたらこれも、正常性バイアスというやつかもしれない。
冷静に考えて、まともに座る事すらできずに、床に寝転んで歯磨きをする母は、どう見てもまともではない。

なぜ今まで、もっと気にかけてあげなかったのだろう。
私が子供で、まだ面倒を見られる側だと、勝手に思ってしまっていた。

薬をより分けながら、そんな罪悪感が首をもたげる。

朦朧としている母に、なんども薬のことを確かめる。そのたびに、言うことが変わり、必然的にイライラが溜まる。

「あなた今まで、ちゃんと飲めてたの?間違って飲んでないよね?」

おもわず、責めるような言葉が口をついて、はっとした。
ごめん、と言って、大きく深呼吸をする。

怒ったって、どうしようもないのだ。
今の母は、薬で朦朧としているだけ。新しい薬は身体に合っているかもしれないし、大丈夫。きっとよくなる。

なんの根拠もないのに、自分に言い聞かせた。

なんだか、泣きたくなってきてしまった。

  〇

酷く疲れて、脳みそがぼんやりする。

母に怒りや苛立ちといった感情を、ぶつけなかった自分に拍手を送りたい。
なんとか薬を飲んで、布団へと向かった母が、今晩もきちんと眠れることを祈る。

それから、おそらくキャパシティーを越えた感情の抑制をした自分をねぎらうことも、忘れないでおこう。

母は病人で、それを介護する必要がある。
けれども、それは私が無限の献身ができるというわけではないから。

ちゃんと、自分のキャパシティーを把握して、それから、ちゃんと母の病が癒えるよう、協力していこう。

きっと、今までだれも母の身を案じなかったのだろうな。

そう思うと、やっぱり罪悪感で、心臓が苦しくなった。


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