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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第二話「銃と悪霊」

#創作大賞2023 #小説


「実は私、熱中症じゃなかったんだ。」
「どういうこと?」
「悪霊ってわかる?」

かのんは紙袋を向けたまま、真っ直ぐに美里を見て言った。ふざけているようには見えない。
すっと風が吹き抜けて、桜の花びらが二人の間を舞う。

「私ね、悪霊に殺されたの。」
「嘘。私は確かにあなたの症状を確認したわ。」
「それが悪霊の仕業だったの。だから、先生がいくら処置してくれても私は助からなかったと思う。」

美里はかのんの言葉を信じられなかった。
しかし、それなら今、死んだはずのかのんが目の前にいるのは?
かのんが言う通りなら、かのんは幽霊となって美里の前に立っていることになる。

「とてもじゃないけど、受け入れられない……。」

美里は無意識に、かのんの差し出されていた手を掴もうとした。それは現実にすがるかのような、かのんの存在を確かめようとするかのような行動だった。
しかし、美里の手は空を切った。かのんの腕をすり抜け、美里は何も掴めなかった。

「これでわかったでしょ?」
「かのんさん、あなた本当に……。」

美里はやっと目の前のかのんが幽霊だと確信した。

「先生。さ、これを受け取って。」

かのんが紙袋を美里に押しつけるように渡す。なぜかその紙袋は実体を持って美里でも触れることができた。ずっしりと重い。

「これはいったい?」

美里は渡された紙袋の中を確認した。紙袋の中には紐、厳重にテープを巻かれた玉、包丁、ナイフ、ライター。可愛らしいデザインのブランドの紙袋には似つかわしくないほど、中身は物騒だ。そして袋のいちばん奥から出てきたのは銃……。

「それで悪霊を倒して。」
「戦うの? 私が?」
「そう言ってるでしょ。」
「無理よ!」

かのんは悲しそうに言った。

「先生にしか頼めない。でなきゃ、私はもう一度死んでしまう。」
「死ぬって!?」

いつの間にか辺りを冷気が包む。
夜の校庭。確かにまだ肌寒い季節だが、まるで冬のようだ。美里の吐いた息が白くなった。その時、美里はかのんの着ている制服が夏服であることに今更ながら気付いて不思議に思った。いや、幽霊なら季節は関係ないか。

「ほら、先生。あっちを見て。悪霊が私に気付いた。」

かのんが指差す方向。美里の背後を。冷気はそちらから流れてくる。美里は恐る恐る振り向いた。
そこに立っていたのはまるで生気のない中年の男性だった。痩せた手足を不自然に震わせて美里たちに近づいてくる。美里は恐怖と嫌悪感で後ずさった。

「もう逃げられない。」
「あれが悪霊なの?」
「そう。覚悟を決めて。これはチュートリアルだよ。」

美里の背中に冷たい少女の手が触れる。かのんの手だ。嘘、さっきは触れられなかったのに……。

「先生。私を救って。もう一度。」

耳元にかのんの声が響く。
美里は目を瞑った。まぶたの裏には、あの時、美里の人工呼吸を受ける苦しそうなかのんの顔が浮かび上がる。助けたかった。助けられなかった。
それが今、彼女が再び自分に助けを求めているというのか。
目を開けた美里は、悪霊の男を見据えた。それならせめて自分に出来ることはやろう。

「わかったわ、かのんさん。」

美里は紙袋から銃を手に取った。ナイフや紐で接近戦をして勝てるイメージができなかったからだ。

「弾を込めて。」
「ど、どうやるの?」
「この部分をずらして弾を入れる。そして安全装置を外して、引き金を引いて。」
「こう?」

美里の背中ごしにかのんが手を伸ばし、美里に指示をする。
かのんの白く細い指が美里の腕を這うように動いた。

「狙って。」

ドン! ドン!

美里はかのんに言われたとおりに銃を撃った。弾の当たった悪霊の男の体が弾けるように霧散して、男が「うぅ」とうねり声をあげる。

「当たった! これで効いてるの!?」
「うん。悪霊用の特製の弾だから。」
「いったいどうして、こんなもの——」
「あっ! 先生、あいつ向かってきた!」
「きゃあ!!」

悪霊の男がよだれを垂らしながら口を大きく開けて美里たちに襲いかかってきた。
美里は慌てて更に何発か男に向けて発射した。


第三話につづく


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