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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第七話「理科室とその先」

#創作大賞2023 #小説


すっかりお馴染みになった夜の校庭、桜の木の下。白い外灯の光を反射してヒラヒラと輝く花びら。
そういえば、いつまでこの桜は咲き続けるのだろう?

「お待たせ。先生。」

かのんは上機嫌で美里に声をかけた。
気付くと自然と足が桜の木に向いていた。かのんが現れるずっと前から美里は桜の木の下で独り立って待っていたのだ。

「はい。じゃあ今日もよろしく。」

かのんが美里にいつもの紙袋を手渡した。ずっしりと重い。袋の中に黒い銃身が覗く。

「昨日も言ったけど、今日は三階の理科室ね。ルートも昨日と同じ。」

軽やかに前を歩くかのんの後を、美里は黙ってついていった。
何事もなかったように静まりかえる職員室。焦げ痕ひとつ残っていない全焼したはずの図書室。それらを通り過ぎて、三階への階段を上る。

「理科室か。そうだ、先生。こんな話を知ってる? クラスにうまく馴染めない生徒がいたんだって。その子はクラスに登校する代わりに、理科室に登校してたの。理科の先生が親身になってくれてその子はまたクラスに戻れた。それがきっかけでその子は理科の先生を目指そうと思ったんだって。」
「……え?」
「理科の先生が話してくれたの。」

かのんが階段の踊り場で振り向いてジッと美里の目を見てそう言った。時折、かのんは美里にそういう目を向ける。美里の心に穴を空けて、美里の心の奥まで見透かさんとする強い視線。美里はたまらず目を背けた。

「さあ、聞いたことない……。」
「そっか……。」

かのんはつまらなそうに美里から視線を逸らすとその後は無言で理科室まで歩き、無遠慮に理科室のドアを開けた。

「先生。武器は持った?」
「……持ったわ。」

美里は紙袋から銃を取り出していつでも撃てる体勢を作った。

「どこに悪霊がいるかわかる?」

かのんに問われて美里は理科室の中を見渡した。机の下には何もいない。厚いカーテンにも何も隠れてはいなそうだ。棚の中にはビーカーが並んでいる。その横には人体模型……。

「……これ?」
「当タリダァー!!」

美里が人体模型を指した瞬間、人体模型は美里の方を向いて叫び、襲いかかってきた。

「きゃああ!!」
 
美里は咄嗟に銃を構えて人体模型に向けて発射する。バン、バンと美里が撃った弾は二発とも見事に人体模型の頭を撃ち抜いていた。ヘッドショットを食らった人体模型は見るも無惨に理科室の床に転がった。

「すごい、先生! 慣れてきたみたいね!」
「こ、これで終わり?」
「うん。理科室はね。ふふふ。今日はまだ時間があるし、もう少し先まで行ってみようか。」
「え?」
「次は四階、音楽室。」
「四階……。」

四階はこの学校の校舎の一番上の階だった。順番に上がってきての最上階だ。まさかそこでゴールなのでは?

「音楽室は今の先生なら楽勝だよ。」

いや、かのんの態度からは到底、次が最後だとは思えなかった。この悪霊退治をいつまで続ければいいのか……。
四階に続く階段は三階の中央にある。三階の廊下を歩いて上りの階段が見え始めたと思った時、かのんが「待って」と言って美里を止めた。

「何か来る。隠れて。」

かのんは急いで横の教室に美里を押し込めるように入ると、しゃがみ込んで身を隠し、じっと息をひそめた。
大きな影が教室の窓を覆い、そして通りすぎていった。それがただ者ではないことは美里にもわかった。その影が遠く離れた今でもまだ震えが止まらない。

「あれは大悪霊……。どうして?」
「大悪霊って……?」
「うん。この学校の悪霊たちを操っているボスだよ。」
「それじゃ……?」
「そう。私たちはあれに勝たなくてはいけないの。」
「そんな……。」
「あっ、先生! その足の怪我はどうしたの!?」
「怪我?」

美里はかのんに言われて初めて自分の左足から出血していることに気付いた。履いていたストッキングに穴が空き、そこから血が滲み出している。血は美里が来ていた白衣にも付着してしまっていた。
その傷はまるでどこかで転んだような……。なんだろう? 思い出してはいけない……。何が大事なことを忘れているような……。


第八話につづく


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