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ストーカーがいる

 ストーカーというのは後をつけてきたり待ち伏せしたりするものだと思っていたが、対象の前を歩くストーカーもいるらしいと、私は今日気付いた。
 だって、さっきから私の前を歩いているこの男性は、駅からここまで何百メートル。曲がり角だって三回くらいは曲がったのにずっと私と同じ方向に歩いている。
 そんなことってある?
 今や、この道を歩いているのは私とこの男性だけなのだ。
 どう考えても私の行く道を先回りしているとしか思えない。
 どうやったのかはわからないが私の帰り道を入念に調べ、私が駅から出てくるタイミングを見計らい、私の前を歩きだしたのだ。このストーカーは。
 いや、もしかしたら私が気付いていなかっただけで、電車からずっと私をストーキングしていたのかもしれない。
 うかつだった。まさか私がストーカーに遭うなんて思ってもみなかった。
 でもそれは仕方ないかもしれない。だって普通、ストーカーは前を歩かない。まさに盲点をついた作戦だ。きっと私じゃなかったら気付きもしなかっただろう。
 そうやってこのストーカーは何人もの女性をストーキングしているに違いない。許せない男だ。
 だが、私に気付かれたのだからこれが運の尽き。私がストーカーの証拠を見つけて警察に突き出してやる。

 私はストーカーを後ろからじっくりと観察した。
 ストーカーは茶色いスーツに、黒い革靴。背は私よりも高いがひょろっとしている。背筋がいい。頭はスッキリ、散髪に行ってからそんなに経っていないのだろう。
 顔。顔が見たい。しかし、ストーカーは後ろの私など気にならないという風を装ってカツカツと歩いている。まだ私がストーカーに気付いているとわかってないようだった。
 こいつ、このまま私の家までついてくるつもりなのだろうか?
 きっと私が気付かなかったらそのつもりだろう。きっと振り向いてしまったら私に勘づかれると思っていて、意地でも振り向かないつもりでいるはずだ。
 あー、顔が見えないなあ!

 こうなったらストーカーが私の家まで私についてきたところを押さえるしかないかもしれない。
 私は息を殺してストーカーを尾行した。前を歩くストーカーも私をストーキングしているのだからこれは二重尾行である。
 ストーカーは黙々と道を歩く。私もそろそろと後を歩く。
 この先はずっと真っ直ぐだ。電灯だけが均等に並んでいて足下を照らしている。隠れるところは無い。
 あ、ストーカーが角を曲がった! どうして!?
 もしかして私の尾行に気付いたのだろうか?
 まるで自分はストーカーじゃありませんなんて装うために、わざと私の帰り道とは違う方向に曲がったのだ。そうに違いない。
 どうしてやろう……?
 このまま分かれてしまったらストーカーの証拠を見失ってしまう。それに私が通り過ぎた後、こっそり今度は後ろからついてくるつもりかもしれない。
 ええい、ここは覚悟を決めろ。
 私は急いでストーカーが曲がった角を追いかけた。もしかしたらストーカーが待ち構えているかもしれないなんてこともふと頭をよぎったが、私にはなぜだかそんなことはないという確信があった。
 私が角を曲がると、ストーカーはまだ少し先を歩いていた。こちらを振り向いていない。良かった。
 よし、それなら尾行を続行だ。それしかない。
 私は緊張しながら私のいつもの帰り道から外れてストーカーの後を追った。

 ストーカーは変わらず同じペースでカツカツと歩いている。こっちの道はあまり歩いたことがない。いったいどこまで行くつもりなのだろうか?
 もしかして。
 このままストーカーの家までついていってしまうことになるのでは?
 まさか、私をストーカーの家まで連れて行くのが目的だったのか?
 最初から私が気付いていることがわかっていて。
 私に後をつけさせるために前を歩いていた?

 私のひたいを冷たい汗が流れる。
 緊張感が増す。心臓がバクバクする。
 でも私は尾行をやめることができなかった。
 ストーカーがどこまで行くのか。私をどこに案内するつもりなのか。
 興味の方が勝っていた。
 私は視線をストーカーの綺麗に刈りそろえられた後頭部から逸らすことができなかった。

 カツカツカツカツ。
 暗い夜道に足音だけが響く。
 カツカツカツカツ。
 次第に私の足音も大きく響く気がしてくる。
 ストーカーの足が速くなる。
 ちょっと待って! どこに行くの!?
 ここまで来たらもう逃がさない。最後まで絶対に引き離されない。
 どこまでも追い詰めるから。
 ストーカー。

#小説


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