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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第六話「攻略」

#創作大賞2023 #小説


「先生! 早く撃って!」
「できないわ……!」
「くっ……。」

かのんは図書室の奥に目をやった。無数の光る目がチラチラとこちらを見ているのがわかる。餓鬼はこいつ一匹じゃない。かのんは順番を間違えたと後悔した。

「先生! 図書室を出るよ!」

かのんが美里の腕を引いて図書室のドアまで走る。ドアに手をかける。餓鬼たちは追って来ていない。しかし、図書室から漂う悪霊の気は先ほどよりもずっと大きく膨れ上がっていた。

「先生! 先生!?」
 
図書室を出ようとして、かのんは美里が自分に付いてきていないことに気付いた。後ろを振り向くと、美里は数メートル離れたところで腰を抜かして床に尻餅をついていた。

「先生、立って! 走って!」

だが、かのんの声は美里まで届いていない。美里の意識は図書館いっぱいに充満した悪霊の気に捕らわれてしまっている。先ほど美里が傷を負わせた餓鬼が立ち上がり、美里にじりじりと忍び寄ろうとしているのが見える。

「先生ぇ!」

かのんは意を決して図書室に舞い戻り美里の腕を取った。美里がようやくかのんに気づき、怯えた表情でかのんを見た。

「か、かのんさん……。」
「先生、しっかりして!」

ぞろぞろと図書室の暗闇から這い出てきた餓鬼たちが、かのんたちの足下のすぐ先まで迫っていた。
かのんは紙袋からテープを巻かれた玉とライターを取り出すと美里に手渡した。

「これに火をつけて!」
「ひ? 火?」
「そう! 早く!」
 
美里はかのんと迫り来る餓鬼たちを交互に見た後、かのんに言われるままに玉から飛び出た紐にライターで火をつけた。

「投げて!」
「こう……?」

美里が火をつけた玉は餓鬼たちの中心に投げ込まれ、地面に落ちたかと思った瞬間、バァンという大きな音を立てて爆発した。「ぎゃあぎゃあ」という声を上げて餓鬼たちが逃げまどう。爆発の炎で図書室の壁が赤く照らされる。やがて炎は図書室の本に燃え移り、熱を帯びて餓鬼たちを包み込んで焼いた。

「おお……。」

阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
いや眺めている場合ではない。巻き込まれてはたまらない。かのんは放心している美里の手を取って図書室の出口に向かった。
図書室の本は次々に延焼していく。火にまかれて右往左往する餓鬼たち。餓鬼たちに逃げ場はない。
図書室を出て、少し離れたところでかのんたちは振り返った。ぼうぼうと図書室から火が吹き出ている。こんな光景、初めて見た。火の光に照らされた美里の横顔を見てかのんは笑って言った。

「やるじゃん、先生。」
「火事……放火してしまうなんて……私。」
「大丈夫。朝になったら戻ってるよ。」
「そういう問題じゃない……。」
「まぁまぁ。今日は疲れたでしょ? 帰ろう?」

美里の手前、抑えているが、かのんは飛び跳ねたいくらいの気持ちだった。逃げるしかないと思っていたのに図書室を攻略できるなんて。

「先生。明日は三階。理科室に行こうね。」


第七話につづく


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