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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第三話「職員室のおしゃべり」

#創作大賞2023 #小説


美里の銃に撃たれて悪霊の男は消えた。

「はぁ、はぁ……。倒した?」
「うん。今度はちゃんとやれたね。」

美里は銃を握る自分の手が汗でべっとりと濡れていることに気付いた。

「恐かった……。」

今にも腰が抜けてその場にへたり込みそうだった。
美里の前にまわったかのんが「ふふふ」と笑って言う。

「才能あるよ、先生。次もよろしくね。」
「次もって、これで終わりじゃないの!?」
「こんなザコで終わりなわけないじゃん。」
「そんな……。」

かのんは絶望する美里から銃を受け取って紙袋に入れた。

「これは預かっておくね。私を狙う悪霊はこの学校全体に巣くっているの。明日は校舎の方に行こう。」
「明日も!?」
「そうだよ、先生。さっきから驚いてばかりだね。」
「当たり前じゃない。こんなわけもわからないことに巻き込まれて。」
「そんなんじゃ悪霊には勝てないから明日はもうちょっと落ち着いてね。」

そう言ってかのんが美里に微笑む。何も知らなければ、それは幼い少女の無邪気な笑みだ。それなのにかのんは死者だと言う。美里はズキリと胸が痛んだ。

「先生は私を助けてくれる。私は先生を信じてるから。」

ずるい。そう言いかけて美里は言葉を飲み込んだ。かのんは美里が教師であることを思い出させるように言う。目の前の少女は守らなければならない対象なのだと突きつける。

「わかったわ……。」
「じゃ、また明日ね。先生。」

気付くとかのんの姿は消えていた。月明かりの下、静寂に包まれた学校に桜の木と美里だけが取り残されていた。

     ◇

そして翌日の夜。
美里はどう昼を過ごしたのかも憶えていないくらい憔悴している自分に驚いた。それでも足は学校の桜の木に向いていた。

「先生。待ってたよ。」

昨日と変わらない姿のかのんが美里を出迎える。かのんは昨日と同じように紙袋を美里に手渡すと言った。

「それじゃ今日は校舎ね。」
「……校舎はここへ来る前に見たわ。何もなかった。」
「さすが、先生。予習済みってこと? でも私がいなければ悪霊は出てこないよ。」
「そうなのね……。」

青い顔をした美里に対して、かのんは楽しそうに答える。悪霊に狙われて命の危機を感じている女の子にはとても見えない。いや、かのんはもう死んでいるのだけど。

「まずは職員室から行ってみようか。」

職員室は校舎の一階だ。一階にあるのは職員室、校長室、給食室、多目的ルームに保健室。生徒たちが使う教室は二階以降にある。
美里は銃を手に持ちながらも、緊張で手が震えている。

「悪霊って、みんな昨日の奴みたいに人の姿をしているの?」
「ううん。いろいろだよ。」
「いろいろ……。」

先行するかのんが職員室のドアを開けた。

「私、職員室に入るの久しぶり。先生は?」
「そういえば、私もあまりここに入る機会はないわね。」

養護教諭の美里の席は保健室にあるからだ。

「先生、どこが誰の席かわかる? 私、国語の古木先生のことちょっと好きだったんだ……。」
「そうなの?」

古木先生は四十代の男性教諭で、たしか奥さんもいたはず。美里の記憶にある亡くなる前のかのんは三つ編みでメガネ、ソバカスを恥ずかしそうに隠すしぐさをする引っ込み思案な少女だった。今のピンク色のメッシュの入った髪の姿とはかなり違う。

「って言っても、憧れ、って感じ? 私に勇気を出せって言ってくれたの。」
「へぇ、あの古木先生が。」
「それで、今の私は本当になりたかった姿になってるってわけ。」
「え? その姿はそういうこと?」
「そうだよ。何だと思ったの? 先生、何にも言わないから不思議だった。」
「いえ、ずっと驚くことばかりで、確かにかのんさんの姿は気になってはいたけれど。……ごめんなさい。」
「ははは、いいよ、先生。無理しないで。」

かのんが職員室の真ん中に立って美里に向き直り、指を一本立てる。

「それよりほら、構えて。」

美里はかのんの指の先を……天井を見上げた。


第四話につづく


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