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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第十一話「襲われる」

#創作大賞2023 #小説


「きゃああ!」

教室にかのんの悲鳴がこだました。校長がかのんの胸ぐらを掴んでいる。豹変した校長を押しのけようと必死に抵抗するかのんだったが、体格差が大きくてどうすることも出来ないでいた。
美里が校長に向かって叫ぶ。

「校長! やめてください!」
 
しかし、美里がどんなに呼びかけても校長はかのんを離してはくれなかった。
美里はわけがわからなかった。なぜ、先ほどから二人は自分を無視するのか。校長にもかのんにも自分の声がまったく届いていないようだった。
かのんの顔が次第に青く、苦痛に満ちた表情に変わっていく。

「かのんさんを離して!」

だが、美里の手は校長の体をすり抜けてしまう。

「なぜ触れないの!?」

また美里の心にあの不安感と恐怖が湧き上がってきた。美里の呼吸が荒くなる。次第に美里の体に表れ始める傷あと。首元の手形。美里の頭からはタラリと血が垂れ始めていた。
美里は思わず自分の首に手をやった。なんだろう? この掻きむしりたくなるような感触は。苦しい……!

目を血走らせた校長がかのんにのしかかっていた。苦しそうなかのんと目が合った。

「かのんさん!」
「助けて……、先生……。」
「今さら生徒ヅラするんじゃない!」
「先生……。」
「言え! 何を知っている!?」

美里は再び校長をかのんから引き剥がそうと手を伸ばしたが、やはり美里の手は校長の体をすり抜けてしまった。

「どうして触れないの! かのんさんを助けられない!」

校長を掴もうとして美里はバランスを崩し、教室の床に倒れ込んだ。床に落ちていた新聞の切り抜きが美里の目に入った。

「……女性教諭の殺人事件……被害者は……須山美里……? 衣服に乱れた跡はなく、犯人の手がかり無し……。これは……!?」

その記事を読んだ美里の脳裏に突如としてフラッシュバックする記憶があった。
机や棚が散乱した保健室。後頭部から流れる血。倒れた校長……。ふらふらと保健室を出て、そして……。

「私……、首を絞められた……。」

美里の髪の色に急激な変化が現れていた。美里は目を大きく見開き、一点を見つめている。

「そうよ……。私は校長にやめてほしいと言っただけなのに……。生徒からの相談……告発……。私は穏便に済ませようと……。それがよくなかったんだわ……。校長は私にツラく当たるようになって……。そしてあの日……。」
「先生……待って……。ダメ……やめて……。」

美里の体は大きく変容していった。大粒の涙を流すその瞳は紅く光り、その頭にはツノが生え始めていた。爪が伸び、口には牙が伸びる。

「誰が……私を殺したの! あの日、私は警察に相談しようとした! 校長が保健室に入ってきて私を止めようと! 私は校長に押されて頭を打った! 気付くと校長が倒れていて……! 助けを求めようと外に出たら後ろから! 首を絞められた! 私はあの時死んだ! 殺された!」

美里の涙は赤い血に変わり、美里は声にならない声を発した。
今や悪霊に堕ちつつある美里の悲しい咆哮が教室の窓ガラスを震わせる。

「ダメ……、先生……!」
「な、なんだ!?」

美里を見ることができない校長にも教室に起きた異変は感じられたらしい。
教室の灯りがプツッと切れた。教室が再び闇に包まれる。

「美里先生……、それ以上はダメ……!」
「……なんだと?」

次の瞬間、校長の体がヒュッと宙に舞った。続いてガシャガシャンという音と共に、校長は教室の机の中に突っ込んだ。
鬼と化した美里のするどい爪が、恰幅のいい校長の体を軽く放り投げたのだ。校長は痛みで動けず「うぅ」と呻いている。

「先生! ダメ! 殺さないで! 戻れなくなっちゃう! 悪霊になっちゃう!」

変わり果てた美里が校長に近づき、爪を振り上げようとしていた。
かのんは後ろから美里にすがりついて叫んだ。しかし、今の美里にかのんの言葉がどれだけ届くのだろうか。


第十二話につづく


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