メガネ妖怪がいる
「あ、メガネ!」
教室で美優が私の顔を指さして言う。
うん、そう。確かにいつもはコンタクトだけど今日は目に違和感があったからメガネだよ。
でもだからって会うなり、それ?
私だって悩んだよ。気のせいにしてコンタクトつけてみようかとか、痛くなっても我慢しようかとか。
だけど万が一があるといけないってお母さんが言うからしょうがないじゃん。
ただでさえテンション下がってるのに。
私は口を曲げて美優に言った。
「美優。人の顔を指差すな。」
「ごめん。でもビックリしたから。どうしたの、沙織? なに、なに、イメチェン?」
「違うよ。ちょっと目に違和感があっただけ。」
「え? 大丈夫!?」
「大丈夫。」
「でも目でしょ?」
「大丈夫だって。」
そんなに心配しなくっても。
でも美優が本気で私のことを心配してくれて、ちょっと嬉しくなっている自分がいた。
美優は美人で優しくてちょっとふざけることもあるけれど面白くて、髪がさらさらで睫毛が長くて唇が赤くて肌がきれいで一挙一動が芸術のよう。私の親友。私の特別。
「ねえ、沙織? 私に見せてみて?」
「ん? 何を?」
「目を。」
「大丈夫だって。」
「いいから。メガネ取って。」
「ええ?」
気付くとガラスみたいな美優の真剣な顔が私の目の前にあって、距離が近くてメガネごしでもまともに見れなくなる。
美優はこういうことするからずるい。
もうこれ以上は無理だと思って、私は美優の言う通りメガネを取った。
美優が渡せと手を出すしぐさをする。
あんまりにも自然だったから、私はメガネを美優に渡すことになんの疑問も持たなかった。
美優は私から受け取ったメガネを丁寧にメガネケースにしまった。
ああ。そういえばメガネケース、机の上に出してたんだった。
美優はまるで私の一部を扱うかのように私のメガネを扱う。
そういうところ美優はよくわかってるなと思う。
「いい? 沙織。」
「うん。」
私は少し上を向く。
メガネがなくてぼんやりとしてしまった美優の細い指が、私の頬に触れる。
美優が親指で私の下まぶたを下げる。
これ結構恥ずかしいな。
美優が私の目をじっと見ている。
恥ずかしくて顔が赤くなっていないか気が気じゃない。
なんでオーケーしちゃったんだろう?
「……どう?」
「うーん……。」
「美優?」
「沙織、……まつげ長いねえ。」
「んん?」
「やっぱりよくわかんないや。私、医者じゃないもん。」
「えええ?」
じゃあ何で見たがったのさ?
私はメガネがしまわれたはずのメガネケースを探した。
あれ? メガネケースがない?
美優が机の上に置いてなかったっけ?
「美優、メガネケースどこ?」
「え? メガネケース?」
「うん。メガネしまったでしょ。」
「そうだっけ?」
何をとぼけているのだ、この子は?
私は目の前に立っているはずの美優を見た。
ぼやけた美優の手元に見えるもの……。
あっ、メガネケースあるじゃん。
「美優、それ。返して。」
「やだ。」
「なんで!?」
「ふははは、実は私はメガネ妖怪だったのだ! がおー! メガネはいただいた!」
「はあ?」
私は立ち上がり、ふざける美優の額めがけてチョップをお見舞いしようとしたが、周りがよく見えなくて躓いてしまった。
「痛っ!」
「あっ! 沙織、大丈夫!?」
「うう。大丈夫じゃない。メガネ返せ。」
「返さない。」
「なんでよ?」
「それは、私がメガネ妖怪だから……えっと、メガネを食べるので、メガネはもう食べちゃったので——。」
「設定、ちゃんとして?」
もぉ。授業が始まる時間になっちゃったじゃん。
「そうか。移動教室だっけ。」
「メガネがないと行けないよ。」
「大丈夫。私が連れていってあげるから。」
「そこまでする?」
「ほら、手をかしてあげるから。私につかまって。」
「こいつ、どうしても返さない気だ……。」
しかたなく私は美優の手を取って教室を出た。
美優と手を繋いだのなんていつぶりかな……。
私は美優の手を頼りにぼんやりとした世界を歩く。
今ここで美優の手を離してしまったら私はきっと迷子になって、二度と大好きな美優の顔を見ることはできないのかもしれない。
でも私に不安はなかった。
美優は私の手をぎゅっと握って絶対離さないようにしてくれている。
こういうところ美優は優しくてずるいと思う。
ま、見えないのは美優のせいなんだけどさ。
「ねえ、美優? もしかしてメガネじゃない方がよかったの?」
「だって……沙織のメガネってレアじゃん。」
「……でも、いつも家ではメガネだし、ビデオ通話で美優は何度も見てるでしょ?」
「だからだよ。沙織のメガネを知ってるのは私だけでいいの。」
「……何それ。」
これじゃ私、今日の授業なんにもわかんないよ。