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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第十話「遭遇」

#創作大賞2023 #小説


「先生は混乱してる。」

美里は一ミリも体を動かせない。美里の額から汗が流れる。かのんが悪霊か否か? かのんの問いが頭の中を巡る。かのんを撃ちたいなんて思うはずがない。彼女がどんな存在であったとしても、美里はこれまでの彼女を信じたかった。しかし、洪水のように不安感が押し寄せる。
かのんは優しい声で美里に言った。

「私は先生に助けてほしいだけ。言ったでしょ。」
 
かのんは慎重に言葉を選んでいた。
かのんの目にもハッキリと見える。美里の首に浮かび上がった痛ましい手の痕。美里の体に起こっている異変。美里の体は思い出しつつあった。あの日の惨状を。
かのんは悲痛な気持ちを抑え、美里の手から銃を取り上げて教壇の上に置いた。まだ美里に思い出させるのは早い。かのんは美里の背中をさすった。少しずつ美里の緊張が解けていった。

「ごめんね、急ぎすぎたね。今日は休んで。」
「……ごめんなさい、かのんさん。」
「いいの。目を閉じて。」

美里の呼吸が穏やかになるにつれ、美里の体の傷も消えていった。
気付くと美里の体はまた自由に動かせるようになっていた。金縛り……。かのんがやったことではなかった。いったい自分の身に何が起こっているのか、美里にはまったく判断がつかなかった。ただ、恐怖に支配されつつあった自分の心がかのんによって癒やされ、落ち着きを取り戻しつつあるのを実感していた。

「帰ろう、先生。今日のことは忘れていいから。」
「……。」

かのんは寂しげな表情を浮かべて言う。このまま続けるのは危険だった。明日になったら美里は今日の記憶を失っているだろうが仕方がない。こうして何度もやり直してきたのだ。美里のために。少しぐらいの後戻りは今さら気にならない。

その時、カツーン、カツーンという革靴の足音が廊下に響いた。かのんたちのいる教室の方に近づいてきている。

「誰か来ている……。」
「え……?」
「先生。隠れよう。」

かのんは美里をしゃがませると自分も教壇の影に隠れた。
足音は教室の前で止まり、懐中電灯の光がさっと教室の中を照らす。

「ん? 誰かいるのか?」

男性の声が聞こえてかのんは息を飲んだ。懐中電灯は教壇の上を照らしている。

「なんだ? よく見えないな。」

カチッという音と共に教室の灯りが点いた。男性が電気を付けたのだ。男性が教室に足を踏み入れる。

「……折り紙? あっ! 誰だ!?」

教壇の上にある物を見ようとした男性は、その影に隠れていたかのんを見つけると大声をあげた。
見つかってしまった。かのんは観念してゆっくりと立ち上がるとその男性の顔を見た。見覚えのある顔……。男性は高柳校長だった。

「あ、あの……お久しぶりです。校長先生。」
「……君はうちの生徒か? ビックリしたぞ。こんなところで何をしている?」
「懐かしくなっちゃって、つい……。」
「卒業生か? 不法侵入だぞ。」
「す、すみません……。」
「一人か?」
「はい、そうです……。」

どうやら校長には美里を見る力は無いらしい。それならばこのまま無難に話を合わせて帰ってもらおうとかのんは思った。美里のいるところで都合の悪い話をされたくなかった。

「学校に忍び込んだのは今日だけか?」
「えーっと、今日だけです。もう帰ります。」
「おい待て。誤魔化そうとしてもわかるぞ。」

深夜の校内に制服で侵入している卒業生。明らかに怪しい。今日だけというのも疑わしい。この少女が噂の正体なのではないか?
だが、高柳校長は不法侵入の少女の容姿をジロジロと見てから「うーむ」と唸った。ピンク色の混じった髪に学校の制服。短いヒラヒラとしたスカートから伸びる白い二本の足。目立つ姿だ。……これをあの養護教諭と見間違えるだろうか?

「本当に他に誰もいないのか?」
「他に? そうですね……。」
「噂になっておるのだ。真夜中に長い髪の女性を見たとか。白い白衣を来ていたとか。」
「え?」

それを聞いたかのんの目が一瞬泳いだのを校長は見逃さなかった。

「お前、知っているな? どういうつもりだ? 何のいたずらだ!?」
「い、いたずらって……。」

血相を変えた校長がかのんに詰め寄る。校長は窓際までかのんを押し込め、かのんは壁に体を打ち付けてしまった。かのんの背負っていたカバンからパラパラと中身が落ちる。
その中には美里の写真と事件に関する新聞の切り抜きがあった。校長はそれを見つけると鬼の形相でかのんを睨んで言った。

「やはり……! まさかお前!?」


第十一話につづく


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