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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第四話「大蜘蛛との戦い」

#創作大賞2023 #小説


暗い職員室の天井に何かがへばりついていた。カサカサと動いている。美里を見つめる八つの目。

「きゃあああ!!」

それが人よりも大きな蜘蛛だとわかるのと同時に、美里は天井のそれに向けて銃を発射した。美里の撃った弾は天井に穴を空けたが、素早く動いた大蜘蛛の体にはかすりもしない。
 
「あ、あれも悪霊!?」
「そうだよ。」

かのんは落ち着いた声で返事をした。対して美里は想定外の相手の登場に完全にパニックに陥っている。大蜘蛛の動きの先を読まずに何発も撃ってしまい愚かにも弾を無駄にしてしまった。

「無理よ! 当たらないわ!」
「そうかな? もっとよく狙って。」

しかし何度撃っても悪霊の大蜘蛛は飛び跳ねるように動いて弾を避けてしまって同じだった。それどころか、大蜘蛛は天井いっぱいに張り巡らされた蜘蛛の糸をつたい、徐々に美里たちとの距離を詰めてきていた。

「先生。弾が無くなっちゃうよ。」
「あっ!」

足下が見えづらい場所で美里は大蜘蛛から逃れようと椅子につまづき倒れてしまった。テーブルの上に置かれていたかのんの紙袋に手が触れて、袋に入っていた武器が床に散らばる。
大蜘蛛はもう美里の頭の上にやってきていた。
もうダメだ。自分がバカだった。悪霊退治なんて自分には無理だったのだ。美里は完全に戦意を喪失していた。
だが、大蜘蛛はしばらく経っても美里を襲ってはこなかった。美里は大蜘蛛の目の先を追った。自分の後ろで立ち尽くすかのんの足が見える。そうだ、悪霊が狙っているのはかのんだ。

「かのんさん! 逃げて!」

美里の呼びかけにかのんはぽつりと言った。

「無理だよ、先生。」
「な、なんで!?」
「だって、足が震えて動けないし。」
「えぇ!?」

倒れた体勢のままだった美里はゆっくりと頭を上げてかのんの顔を覗いた。そこには今にも泣き出しそうな少女の顔があった。

「先生……、諦めないでよ。」

なんなの!? そんな顔されたら立ち上がらないわけにいかないじゃない!
美里は怒りにも似た言い様のない感情に突き動かされて、床に落ちていたナイフを手に立ち上がった。
大蜘蛛の八つの目に美里の姿が映る。

「こうなったらやってやるわ! 悪霊だろうが蜘蛛だろうが関係ない!」

美里は大蜘蛛めがけてナイフを振りかぶった。美里のナイフが大蜘蛛の目に突き刺さり、その隙間から黒いモヤが吹き出してくる。
大蜘蛛は足をモゾモゾとせわしなく動かして、職員室の机の上の物を散らかしながら悶え苦しんだ。

「き、きもい……。」
「先生。動かなくなったらトドメを刺して。」
「そうね……。」

やがて動かなくなった大蜘蛛に美里たちは恐る恐る近づいた。念のため、美里の背中にかのんは隠れている。

「先生、はやく。」
「ちょっと、押さないでくれる?」

だらりと伸びた大蜘蛛の足はこんなに長かったのかというほど床いっぱいに広がっていた。銃の弾はもう無かった。大蜘蛛に刺したナイフを取って、今度は胴体に刺さなければならない。
美里が大蜘蛛に刺さったナイフを手に取り、大蜘蛛の頭から引き抜いて、もう一度胴体に向けて突き刺そうとしたその時。

「先生!!」
「はっ!?」

かのんに言われて美里は気付いた。さっきまで床に伸びていた大蜘蛛の足が天に向けて持ち上がっていた。大きな影が美里たちを捕らえようとしていた。

「ぎゃああああ!!」

美里は渾身の力を込めてナイフを大蜘蛛の腹に何度も何度も刺した。

「無理、無理、無理、無理!!」

気付くと大蜘蛛は黒い霧になって消えていた。あれは最後の悪あがきだったのかもしれなかった。後には放心状態の美里だけが残されていた。

「もうやだ……。」
「ううん。先生、カッコ良かったよ! ありがとう、先生!」
「……。」
「よっ、悪霊バスター!」
「嬉しくない……。」

美里は恨めしそうな目でかのんを見た。
かのんは苦笑いを浮かべながら、どうやって美里の機嫌を取ろうかと考えていた。


第五話につづく


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