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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第十二話「先生お願い」

#創作大賞2023 #小説


「先生! お願い! 元に戻って! 鬼にならないで!」

鬼化した美里にもかのんの言葉は届いていた。美里はまだ完全に悪霊になってしまったわけではなかった。しかし、美里はどうしても悲しみの洪水を止められなかった。自分が死んでいた事実も受け入れられないし、自分の姿が鬼のように変わってしまったこともつらいし、目の前には自分を殺した校長がいる。
このまま校長に恨みをすべてぶつけてしまえばどれだけ楽になるだろうか。

「私は先生に感謝してるの!」

かのんの声はとても遠い場所から辛うじて聞こえているように感じられていた。だが、今の言葉は美里の耳にハッキリと聞こえた。

「私は先生に助けてもらった! 私、死んでないの! 先生のおかげで息を吹き返したの! 先生は憶えてなかったけど……。」
「……かのんさん……?」

美里の心に光が差した。自分はかのんを助けられた?

「思い出してよ、先生! 他のことは忘れていいから! 私を思い出してよ!」

かのんの体温を背中に感じる。生きている人間の温かさ。
いつか見たかのんの笑った顔が心に開いた穴の向こうに見えた。
どうして忘れていたのだろうか?
熱中症で倒れたかのんに必死で心臓マッサージをして救急車に引き渡したあの日。かのんは一命を取り留めたのだ。後日、退院したかのんからお礼を言われたはずなのに。
保健室通いをしていた子供の頃、保健室の先生に憧れて先生になったのは自分だった。それをかのんに話したことがあった。
貧血で倒れて保健室で寝ていたかのんにチョコレートを渡して「内緒ね」と笑ったのも自分だ。
引っ込み思案だったかのんに「勇気を出して」と言ったのも自分だ。かのんは美里との思い出を語っていたのだ。
なのに自分はひとつも思い出せなかった。いくら聞かされても自分のことだと認識できていなかった。

「ごめんなさい、かのんさん……。」
「先生……。」

美里の体から力が抜ける。心が光で満たされていた。美里の鬼化が戻っていく。ツノが消え、爪も牙も元に戻った。

「先生、よかった。元に戻って。」
「かのんさん、私、全部思い出したわ。チョコレートのこともあの言葉も全部私だった。」
「……そうだよ。でも、ここで私が見つけた先生は何も憶えてなかった。それどころか昔のことを思い出そうとすると苦しんで……。だから手探りだったの。どうやったら先生を取り戻せるかって。」
「ふふふ……それにしたって回りくどかったわね。」
「えへへ。ごめんなさい、先生。」

美里はかのんの頬をそっと撫でてかのんの涙を拭った。温かかった。かのんは生きている。生きて成長した姿で自分の目の前にいる。自分が生かしたのだ。一人の少女の未来を救っていたのだ。美里は誇らしい気持ちになっていた。

「うぅ……。」

倒れた机の下で校長が小さな声を発した。校長は気を失っているようだった。

「どうしよう。校長先生のこと。警察に言わなきゃ……。」
「そうね……。」
「ビックリした。まさか校長先生が美里先生を殺した犯人だなんて。」
「……。」

冷静になってみると本当に校長が自分の首を絞めたのかどうか、美里には確信がなかった。確かにあの場にいたのは校長だけだったが、美里が最後に見た校長は今と同じように倒れて気を失っていたのだ。

「本当に校長が私を殺したのかしら……?」
「何言ってるの? 先生? 校長先生は私も殺そうとしたんだよ?」
「でも……。」

もう少しで何か思い出せそうだった。あの時、美里の身に何が起こったのか。
美里は自分の肩を抱きさすった。自然にそう行動したのは美里が寒さを感じていたからだ。
吐いた息が白くなる。

「……冷気が来ている! 大悪霊が近づいてる!」

かのんがそう叫んだ。


第十三話につづく


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