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小説『そもそも彼女は死んだはず』 第五話「図書室の思い出」

#創作大賞2023 #小説


「悪霊はね、先生には攻撃してこないんだよ。」
「え!?」

今日はここまでにしようと言った後、職員室を出て桜の木まで戻る途中にかのんが言った。

「だから、もっと落ち着いて狙えばよかったんだよ。」
「そういうことは早く教えて!」

校庭の桜の木は変わらず外灯に照らされて白い光を放っていた。

「まぁまぁ。勝てたからいいでしょ。それじゃね、先生。また明日。」

かのんは桜の木の下で満面の笑みを作ると美里に手を振った。そしてまた、瞬きの間に消えていなくなった。

「また……明日……。」

美里はガックリとその場にへたり込んだ。

     ◇

次の日の夜も美里たちは桜の木からスタートして、校舎の一階から職員室に入った。

「今日は二階の図書室までね。」
「図書室……。」

図書室は職員室を抜けた先の階段を上がるのが近道だった。
職員室は昨日の騒乱が嘘のように整然と片付けられている。昼間、誰も問題にしなかったということは、大蜘蛛を倒した後すぐに元通り片付いたということなのだろうか? 美里は釈然としないまま、ずらりと並んだ職員室の机を見た。そのうちひとつの机に目を留める。

「そうそう。かのんさん。古木先生の机、ここよ。」

美里は思い出したように机を指差して言った。
しかし、かのんは机を一べつしただけで、立ち止まりもせずに職員室の逆側のドアに向かっていった。
 
「そんなのはどうでもいいよ。さっさと上の階に行こう。」
「ええ……?」
「夜は短いんだから。」

そう言ってかのんはどんどん先に行ってしまう。
美里は慌ててかのんの後を追った。

図書室はいつも鍵がかかっているはずだが、なぜかかのんは図書室のドアを開けることができた。

「かのんさん、鍵は?」
「んー? さっき職員室で借りたんだよ。」

かのんはさも当たり前のように言うと、図書室の本棚から本を適当に引き抜いてパラパラとめくり始めた。
ずらりと背の高い本棚が図書室の奥の方まで立ち並んでいる。腑に落ちない気持ちを押し込めて、美里もかのんにならい適当に本を開いてみた。おかしな点は見当たらない。
夜の静かな図書室で、二人はしばらくそうやって本の中身を確かめて回った。まさか朝までこの調子なのだろうか? 美里は思い切ってかのんに聞いてみた。

「かのんさん。図書室にはどんな悪霊がいるの?」
「先生。……なんで私に聞くの?」
「もしかしたら知ってるのかなと思って……。」
「先生。そんなことより、私ね。ここで貧血になって倒れちゃったことがあって。そしたら図書室の司書さんが貧血にはチョコレートがいいって言って内緒でくれたんだ。」
「へえ……、そんなことがあったのね……。知らなかったわ。」
「……。」

かのんがパタリと音を立てて開いていた本を閉じた。図書室の静寂を破ったその音は、驚くくらい部屋に響いた気がした。

「……先生。あれ見て。」

かのんが指差す先、本棚と本棚の間に小さくうずくまる影があった。

「犬?」
「違うよ。餓鬼だ。」

うずくまっていた影はギロリと光る目を美里たちに向けると、地面を這うように移動し美里たちに飛びかかろうとしていた。

「撃って、先生!」
「じゅ、銃!?」

美里は紙袋から急いで銃を取り出し餓鬼に向ける。

「よく狙って。」
「う、うん。」

ドン! ドン!

美里の撃った弾は餓鬼の足と腹に当たり、餓鬼はその場に倒れた。

「や、やった!」
「……ウゥ、イテェ、……イテェヨ……。」
「え? え!?」

餓鬼は撃たれた足をさすりながら、うめき声をあげていた。

「しゃべってる……?」
「あれはしゃべってるんじゃないよ。そういう音を出しているだけ。先生、悪霊と話をしちゃだめ。早くトドメを刺して。」
「で、でも……。」
「……イテェヨ……。」

餓鬼が美里を恨めしそうに見上げた。


第六話につづく


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